讃岐うどんもかざして精算――高松・IruCa(イルカ)の電子マネー事情:神尾寿の時事日想・特別編:
交通乗車券として高い利用率を誇るIruCaは、電子マネーとしての利用も始まっている。Suicaシステムを活用するなど、工夫を凝らして利用率向上を狙う、高松の電子マネー事情を取材した。
瀬戸内海に面し、讃岐うどんブームで脚光を浴びる香川県高松市。この高松市で、市民の足を支えるICカードが高松琴平電気鉄道(ことでん)の「IruCa(イルカ)」だ。
IruCaは高松市の電車・バスで利用可能であり、その利用率は78.4%と極めて高いことは、別記事でも述べた通りだ(9月14日の記事参照)。割引サービスが充実していることも奏功し、この地域のICシフトはかなり進んでいる。
今回の時事日想・特別編では、IruCaの電子マネーサービスについて紹介していく。
高松市内を中心に電子マネーを展開
IruCa電子マネーは2006年11月1日に「高松デジタルコミュニティ実証実験プロジェクト」(経済産業省 平成18年度情報家電活用基盤整備事業 デジタルコミュニティ実証実験事業)の一部としてスタート。翌2007年3月31日に実証実験が終了した後も、加盟店向けの電子マネーサービスは継続することになった。
そして2007年8月には「IruCaカードを活用した中心市街地活性化事業」が経済産業省に採択され、今年中にIruCa電子マネーは、加盟店およびサービス内容が拡充されて本格稼働する予定だ。筆者が取材したのは、この本格稼働が始まる直前ということになる。
現在のIruCa電子マネー加盟店は、高松デジタルコミュニティ実証実験プロジェクトの時期から導入していた商店街などの26店舗と、百貨店の高松天満屋の一部フロア、そのほかに自動販売機など。Suica/PASMOやICOCAなど他の交通系FeliCa電子マネーと同じく、IC乗車券用にチャージしたお金を電子マネーとして利用する方式だ。
IruCa電子マネーの本格展開はこれから始まるが、昨年11月1日から今年3月末までの実証実験では、利用件数の合計は約7万件だった。利用件数が特に多かったのは自動販売機であり、これが全体の約7割。次いでコンビニエンスストアが1割、食品スーパーが1割弱という結果だという。自動販売機を除いたIruCa電子マネーの平均単価は約620円である。
電子マネー用機器はSuica仕様
また、IruCa電子マネーでユニークなのが、店舗用リーダー/ライターや自販機、駐車場の精算機など電子マネー対応機器が、いずれも首都圏で見かける“Suica電子マネー用の機器”と同じだということだ。これは意図的なもので、IruCa電子マネー用の機器はすべて、Suica電子マネー対応機器をIruCa用として購入したのだという。
「実はIruCaの仕様は、(公共交通用IC乗車券の)サイバネ規格だけでなく、全体的にSuicaとほぼ同じにしているのです。ですから、電子マネー用の機材もSuica用のものの設定を変えるだけで利用できる。
Suica電子マネー用の機器は、JR東日本が(Suicaに)力を入れていることもあって生産量が多い。これをIruCa電子マネー用として導入すれば、Suica電子マネーの生産規模で導入できますから量産効果の恩恵にあずかれます」(高松琴平電鉄IC拡張推進室の西谷拓哉氏)
ことでんではIruCaの開始当初から、将来的な“他事業者とのIC乗車券システム相互乗り入れ”と“電子マネーの導入”を考えており、この分野で最大勢力となるJR東日本のSuicaに仕様を合わせたのだという。サービス面では利用者本位の割引制度で独自性を出しているが、システムとしては交通系のデファクトスタンダードであるSuicaに合わせる形で、地方の民間鉄道事業者でも関連機器の量産効果による恩恵が得やすいように腐心したのだ。
やはり利用率の高い自動販売機
では、IruCa電子マネーの現状を見てみよう。
先述の通り、IruCa電子マネーの利用が最も進んでいるのが、自動販売機だ。8月31日の時点でIruCa電子マネーに対応した自販機は75台設置されており、このうち65台が駅に設置されている。1日あたりの利用件数はIruCa電子マネー対応自販機全体の平均で約500件。電子マネーの利用が最も多い瓦町駅構内の自販機では、IruCa電子マネーの利用率は約35%程度だという。
自販機の売り上げ拡大効果も見え始めており、IruCa電子マネー対応前の前年比で約115%の売り上げになっている。他のFeliCa決済を見ても自販機との相性はよく、特に駅構内での交通系電子マネーの利用率は急激に立ち上がる傾向がある(8月25日の記事参照)。同様の結果が、IruCa電子マネーでも表れているようだ。
無印良品から讃岐うどん店まで。IruCa電子マネー加盟店
一方、IruCa電子マネーの加盟店は高松市中心商店街を軸に広がっている。これは初期のIruCa電子マネーが、地元商店街活性化を目的とした「高松デジタルコミュニティ実証実験プロジェクト」の一環として整備されたことが一因である。また、IruCa電子マネー加盟店は地元商店はもちろん、全国チェーンの店舗も一部参加している。
例えば、丸亀商店街にある無印良品・高松店は昨年11月の実証実験からIruCa電子マネーに対応する店舗の1つだ。香川県には、もう1つ大型SCの「ゆめタウン」内に無印良品があるが、IruCa電子マネー対応は高松店のみである。
「高松店は商店街の中にあるので、電車・バスで来店される方が(郊外型SCの)ゆめタウン高松店より多い。商店街という立地を重視して、交通系電子マネーのIruCaに対応しました」(無印良品高松店店長の山本祐司氏)
無印良品・高松店の来店者は近隣オフィスに通うビジネスパーソンが中心で、IruCa電子マネーの利用はまだ少ないが、「(IruCa電子マネーは)飲み物やお菓子など小物が出やすい傾向がある」(山本氏)ようだ。
地元商店では、商店街の中のベーカリーやカフェ、書店などがIruCa電子マネーに対応している。どちらも通勤・通学でIruCaを使う人たちが、電子マネーを使うという傾向が出ている。まだ利用率はそれほど高くないが、「若い学生さんでIruCa電子マネーを使う人たちが多く、手応えは感じている。リピート客の増加に期待している」(3匹の子ぶた店長の野澤道雄氏)という。
また香川といえば、讃岐うどんが有名だが、ここでもIruCa電子マネー加盟店がある。讃岐うどん店「明石家」も初期からのIruCa電子マネー対応店舗であり、1日の平均来店者数が300〜400人。このうちIruCa電子マネーの利用者は、現時点で10人前後という状況だ。電子マネーの利用率という点では発展途上だが、「お客様の支払い手段を増やして、利便性向上をしたいと考えている。しかし、(讃岐うどん屋では)決済に時間のかかるものはダメで、認証時間がかかるクレジットカード対応は難しい。電子マネーは決済スピードが早い点を評価しています」(明石家店長)。
次のステップは、自動チャージ機、ポイントプログラム
総じて言えば、IruCa電子マネーは、高い利用率を誇るIC乗車券システムほどは広がっていない。昨年11月からの実証実験からまだ1年も経過していないこともあり、加盟店やメリットの認知が途上であるという印象だ。IruCa電子マネーの本格的な加盟店展開と利用促進は、先述の「IruCaカードを活用した中心市街地活性化事業」が本格稼働する今年末に向けての注目ポイントと言えるだろう。
「次のステップである中心市街地活性化事業では、IruCa電子マネー用の加盟店決済端末の普及台数を400台まで増やし、商店街に自動チャージ機も整備する予定です。さらに中心市街地活性化のツールとして、『IruCaポイント』制度を導入したい」(西谷氏)
今回、取材で訪問したIruCa加盟店の声でも、地域全体で後押しする「IruCaポイント」に期待する声はとても多かった。電子マネーとセットになったポイント制度導入は、利用者の間で電子マネーの認知度と利用率を向上する効果も期待できるだろう。
IC乗車券システムでは、急速な立ち上げと高い利用率を実現したIruCa。電子マネー分野でのチャレンジも期待をもって見守りたい。
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