うまい、やすい、“はやくない”店舗の狙いとは――吉野家(後編):小西賢明の「お客様を想え。」(3/3 ページ)
米国産牛肉の輸入禁止は、吉野家にとって確かに大きな危機だった。しかし吉野家は、もう1つ大きな課題を抱えている。「ターゲット顧客は、今のままで良いのか?」――しかしこの課題の克服は非常に難しい。顧客が変われば、店舗も、メニューも、オペレーションも、何もかもが変わってしまうからだ。
例えば、店内オペレーションが変わる。結果、店員の動作もたどたどしくぎこちない。また、できたての天ぷらはとても(本当にとても)おいしいが、この「できたて提供」を吉野家の新フォーマットとして多店舗展開できるかは微妙。モスバーガーとマクドナルドが違うように、「おいしいが早くない」になってしまうのではないか。
これまで108年の歳月をかけて育成してきた吉野家のビジネスモデルとオペレーションマニュアルは、ここでは通用しなくなっている。おそらく顧客から見えないところでは、大変な苦労があることが容易に想像される。
しかし。吉野家はこの店舗形態にチャレンジを、そして(蕎麦・天ぷらをどうするかはともかく)カウンターからテーブルへ、すなわち「単品・素早く食べる・男性限定」店舗から、「複数商品・腰を据えて食べる・家族中心」店舗に、全体の半数の店舗を切り替える意思決定を行った。
郊外で成長したすき家から何かを学んだのか。そのきっかけは分からないが、新生吉野家の幕開けが、いよいよ始まろうとしている。
ターゲットが変われば、なすべきことがありとあらゆる側面で変わる
商品ラインアップの試行錯誤ばかりを重ねる時期は終わった。今、明確にあるのは、「家族」というターゲットの取り込み。このターゲットを本気で見据えれば、やらねばならぬことが山ほどある。
ターゲット、すなわち顧客層が変われば、価値が変わる。「うまい、やすい、はやい」に変わる新たな価値。それは、何か。(「うまい、やすい、はやい、たのしい」?何?)
ターゲットと価値(つまりSTP)が変われば、打ち手も変わる。店舗のあり方も。メニューのあり方も。接客のあり方も。新たなその姿は、どうなるのか。打ち手が変われば、店内・全社のオペレーションも変わる。どんなバリューチェーンが、求められるのか。
ターゲットが変わるということは、なすべきことが、ありとあらゆる側面で変わるということなのだ。
吉野家はかつて「女性取り込み」を目指して、できる努力を様々に重ねてきたように思える。しかしそれは「既存ターゲット・コンセプトを毀損しない範囲で」にすぎず、正直、表層的な取り組みでしかなかったように思う。
しかし今回は、もっと本気。「家族」という新たなターゲット顧客に、すべき努力を本気で進めようとしている。新たな顧客に愛される日を夢見て。本気の意志を持って。「半分の店舗で、ターゲットを明確に見据えなおす」という大きなチャレンジが、今まさに始まっているのである。
ちなみにすき家を見ると、家族ターゲット型店舗の未来が少し垣間見えてくる。お子様メニューが存在。デザートも存在。(現在の吉野家でも一部店舗で出しているが)ビールもグビグビと……。
言うまでもなく、すき家の後追いをすればよいとは、まったく思わない(本当に、まったく、思わない)。が、数年後の吉野家の姿のヒントが、ここにあるかもしれない。どんな店舗になっていくのか。ここからの革新が、おおいに楽しみである。
吉野家のチャレンジが今後どうなるのかは、分からない。分からないが、多いに期待したい。「新たな顧客」に愛される日を夢見て。今しばらく、吉野家から目が離せそうにない。
余談
グロービス受講生との私的な議論の場で、「うまい牛肉という吉野家の強みを生かして、新商品はできないのだろうか。新たな顧客に愛されるような」。そんな議論が巻き起こったことがある。これを踏まえ、その時の有志が、吉野家の牛皿を使って新たなゴハンを作ってくれた(写真)。
ヒントは米国にあるフィラデルフィア・サンド?らしい(炒めた牛薄切り肉をたっぷり入れたホットドックに、とろけるチーズを乗せたもの)。これが……とてもうまかった。
吉野家の肉の素晴らしさに改めて驚くとともに、有志のチャレンジに感謝。皆さん、ありがとう。
関連記事
- 新たな店舗と新たなお客様を想う――吉野家(前編)
「早い」「安い」「うまい」を高いレベルで共存させている吉野家だが、1970年代に倒産、さらにBSE問題で最大の危機を迎えた。この2つのアクシデントを乗り越えた吉野家にとって、危機とは一体何だったのだろうか? - スターバックスコーヒージャパン「be juicy!」――思い付きではなく、お客様を想う
マーケティング分野・新規事業分野を中心にプロジェクト支援などを務めてきた小西賢明氏が、ちまたの気になる商品・サービスのマーケティング戦略を独自の視点で分析する新連載、「お客様を想え。」。第1回に取り上げるのは、スターバックスコーヒージャパンがカゴメと共同開発した「be juicy!」だ。 - 丼ものチェーン店、総合力1位は「吉野家」
手軽に食べることができる丼もの。丼ものチェーン店のイメージについてランキングを調査したところ、「おいしい」「はいりやすい」が決め手となった。日本ブランド戦略研究所調べ。 - 吉それとも凶? 吉野家の価格据え置き戦略
原材料価格の高騰を受けて外食チェーンの値上げが続く中、吉野家は牛丼価格の据え置きを宣言。厳しい懐具合のサラリーマンにとっては“ありがたい決断”なのだが、吉野家にとっては吉と出るのか、凶と出るのか。
関連リンク
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.