田中康夫県知事が踏み込んだ、その時――白骨温泉・若女将が語る「事件の真相」(中編):嶋田淑之の「この人に逢いたい!」(4/4 ページ)
「白骨温泉の白濁する湯は、実は入浴剤を入れていたものだった」……『週刊ポスト』のスクープに始まった事件は、TBSで長野県知事の抜き打ち調査が放送されたことにより、日本中が注目する大問題となっていく。旅館はその時、どう対応したのか?
若女将、涙の記者会見
7月23日、白骨温泉のある安曇村の村長が辞任を発表した。「温泉の利用客の気持ちを損ねるとともに、大切な思い出を壊したことを、お詫び申し上げます」と会見で謝罪したのだ。自身が経営する旅館での入浴剤使用発覚を含めた引責辞任だった。
同日、白船グランドホテルの社長と若女将が、緊急の記者会見を開いた。この模様は、民放キー局を通じて繰り返し全国に流されたので、ご記憶の方も多いことと思う。ゆづるさんご自身は、強烈なプレッシャーの中での、しかも慣れない記者会見だったこともあってか、個々の発言については、ほとんど覚えていらっしゃらない。大新聞各紙の「報道」によれば、発言要旨は概ね下記のようになる。
緊急記者会見・発言要旨
入浴剤投入時期は、1999年12月から2004年7月10日(本会見の約2週間前)まで。投入した場所は、2002年3月までは、大浴場の4カ所の風呂(男女の内風呂と露天風呂)だったが、2002年3月以降、社長の生家の新宅旅館から分けてもらう源泉量を増やすようにしてからは湯(男女内風呂)が白濁するようになったので大浴場での投入を一切やめた。しかし家族風呂だけは、湯を張り替えた後などに透明になってしまうため、キャップ一杯程度の入浴剤を投入した。
投入方法は、当初、手で入れていたが、途中から塩素滅菌用装置を用い2002年3月まで週に1回以上使った(それ以後の家族風呂への投入はまた手で)。
「公共野天風呂」など3施設での入浴剤投入発覚後に行われた県や温泉組合からの聞き取り調査などでことごとく使用を否定し続けていたことに関しては、若女将自ら「乳白色の湯にお入れしなければという思いでした。お客様や旅行代理店とのお付き合いを考えると、怖くて言えませんでした。」と涙ながらに語った。
この会見を受けて、白骨温泉旅館組合でも緊急会合を召集した。「施設の拡充で収容能力以上にお湯が欲しくなり無理をした。長い伝統にも胡坐をかいていた」とした上で、「襟を正して白骨再生に取り組む」ことを再確認した。
白船グランドホテルが最後まで否定し続けたことに関しては、「全役員の前で何度も念押しし、確認の文書まで提出してもらっていたのに……愕然として言葉もない」と語った。
温泉偽装問題 全国に波及――白船グランドホテルに試練の日々が
白船グランドホテルの緊急記者会見は、民放キー局各局によって全国に繰り返し放送されたこともあって、大きな反響を巻き起こした。
「白船グランドホテル 入浴剤使用を『自供』」(朝日新聞)などと新聞・雑誌にスキャンダラスに書き立てられたほか、テレビ番組の中でのバッシングもエスカレートし、インターネットでは匿名性を利用しての誹謗(ひぼう)中傷があふれかえった。
これを機に、温泉偽装問題は全国レベルの関心事となり、各地の温泉地で、同様の「内部告発」などが相次ぎ、次から次へと、まさに驚くばかりの温泉偽装が明るみに出た。
偽装といっても、そのタイプやレベルはさまざまである。
- 入浴剤の使用(入浴客に告知していない場合)
- 水道水の使用(水道の沸かし湯を「温泉」と称する場合)
- 極端な加水(湯船内の源泉の比率が1割に満たず水道沸かし湯と実質変わらない場合)
- 源泉の無断開発(届出義務がある場所での無断源泉開発)
大きく分けると、このようになる。このとき名前が挙がった温泉は、白骨温泉のような小規模な温泉地ばかりではない。あえてここで名は挙げないが、歴史ある有名な温泉地でも偽装が行われていたことが明らかになったのだ。
こうした「偽装」の暴露は、2004年中を通じて行われた。我々一般生活者としても、もう、どこがどんな偽装をしたのかも覚えきれなくなり、また正直言って飽き飽きした。
そして2005年を迎えると、今度は「耐震強度偽装問題」が全国的な大問題として浮上し、テレビや新聞の餌食となった。耐震強度問題と入れ替わるように、温泉偽装問題はいつしか表舞台から去ってゆくのである。
では、あの「涙の記者会見」以降、白骨温泉、なかんずく白船グランドホテルはどうなったのだろうか? ゆづるさんは言う。「あの直後から、4本の電話が一斉に鳴り始めまして……」。それは、ゆづるさん以下全スタッフにとって、まさに地獄のような日々の始まりだった。(後編に続く)
→“入浴剤投入”発覚から4年――白骨温泉・若女将が語る「事件の真相」(前編)
→田中康夫県知事が踏み込んだ、その時(中編・本記事)
→“本物”の温泉とは?――ポスト秘湯ブームの今、満足できる温泉に出会う法(番外編)
嶋田淑之(しまだ ひでゆき)
1956年福岡県生まれ、東京大学文学部卒。大手電機メーカー、経営コンサルティング会社勤務を経て、現在は自由が丘産能短大・講師、文筆家、戦略経営協会・理事・事務局長。企業の「経営革新」、ビジネスパーソンの「自己革新」を主要なテーマに、戦略経営の視点から、フジサンケイビジネスアイ、毎日コミュニケーションズなどに連載記事を執筆中。主要著書として、「Google なぜグーグルは創業6年で世界企業になったのか」、「43の図表でわかる戦略経営」、「ヤマハ発動機の経営革新」などがある。趣味は、クラシック音楽、美術、スキー、ハワイぶらぶら旅など。
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