なぜ温家宝首相はヒトに“優しい”のか? :藤田正美の時事日想
大衆が喜びそうな政策を実行して、国民からの点数を稼ごうとするポピュリズム。さまざまな問題を抱えている中国では、このポピュリズムで難局を乗り切ろうとしている。しかしこのポピュリズム手法……危険性もはらんでいるようだ。
著者プロフィール:藤田正美
「ニューズウィーク日本版」元編集長。東京大学経済学部卒業後、「週刊東洋経済」の記者・編集者として14年間の経験を積む。1985年に「よりグローバルな視点」を求めて「ニューズウィーク日本版」創刊プロジェクトに参加。1994年〜2000年に同誌編集長、2001年〜2004年3月に同誌編集主幹を勤める。2004年4月からはフリーランスとして、インターネットを中心にコラムを執筆するほか、テレビにコメンテーターとして出演。ブログ「藤田正美の世の中まるごと“Observer”」
一般的にポピュリズムとは「大衆迎合主義」とも訳される。指導者が自らのビジョンや理想に基づいて大衆を説得しようとするのではなく、大衆が喜びそうな政策を実行して国民の人気を獲得しようとする態度を言う。
例えば、あまりに評判の悪い後期高齢者医療制度で、医療保険の支払いが増える高齢者への減額措置(しかも代替財源を確保していない減額)などの政策は、“ビジョンなきポピュリズム”と言っていいかもしれない。ガソリンの暫定税率を「安くなったら国民も喜ぶ」というような論理で廃止に追い込むのも一種のポピュリズムである。
こうした大衆迎合というのは、普通は選挙のある国で起こることだ。なぜなら、大衆に迎合するのは「次の選挙でも勝ちたい」というのが最も大きな理由だからである。
なぜ中国政府はポピュリズムに走るのか?
英エコノミスト誌の最新号(6月16日号)に面白い記事が出ていた。「温おじいちゃんが(人民を)大事にする理由」というのが、そのタイトルである(参照リンク)。
四川大地震――発生直後に温家宝首相は現地に入った。救助隊を叱咤激励するさまは、中国のメディアがこぞって伝えたため、視聴した読者も多いだろう。被災現場を訪れた首相は、涙を流し、子供を抱きしめ、被災者の声に耳を傾けた。
この姿が全世界に報道され、温家宝首相の人気が上昇したのは間違いない。日本に「氷を融かす」ために来たときも、キャッチボールをする姿がテレビで放映され、やはり日本での好感度も上がった(ロシアのプーチン前大統領が、沖縄サミットのときに中学校で柔道の稽古をしたのも同じ狙いである)。
なぜ中国の指導部は、こうしたポピュリズムに走るのだろうか。「中央政府に対して反感が強まるということは、内政的に大きな問題になるからだ」とエコノミスト誌は分析している。
ポピュリズムの危険性とは?
中国の国内では、さまざまな不安定要素がある。インフレが高進していることから、不満や不安が高まっていること。都市の再開発に伴って土地の収用があちこちで行われているが、役人や党幹部による不正行為が後を絶たないこと。四川大地震では、学校の建物が崩れでたくさんの児童が犠牲になったため、手抜き工事ではなかったかという疑念が生じていること。このような状態が政治的な不安定を生むことを北京政府は恐れている。
一方で、ポピュリズム的な姿勢は、ナショナリズムをあおることにもなりかねない。小泉政権の時に靖国参拝をめぐって中国と対立、それが領事館への襲撃事件などにつながった。今年はチベットで暴動が発生。フランス政府がこれに対して厳しい姿勢を表明すると、フランスのスーパー、カルフールに対して不買運動が呼びかけられた。そして中国政府は、ネットを介して広がったフランスへの抗議運動を沈静化させようとはしなかった。
四川大地震で自衛隊機を使って援助物資を輸送するという問題でも、やはりネット上で反発が広がったことを受けて、あわてて日本に民間機を使うよう要請した。
問題は、こうした動きが反西欧、反市場主義、反民主主義、反改革という側面を持っていることであり、同時に毛沢東時代、旧ソ連時代への懐古といった面もあることだ。
自信をつけつつある中国が、このようなナショナリズムをより健全な方向に向けることができるかどうか。日本の対中外交も舵取りがむずかしいところである。
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