大切なのは患者? それとも臓器?――がん闘病記を書いた理由:郷好文の“うふふ”マーケティング(2/2 ページ)
がん手術の経験をもとに、筆者の先輩が闘病記を書いた。きっかけとなったのは、大病院で医師に感じた、“違和感”だったという。それは……?
タンカンスイとミッション
11月上旬、只野氏は紹介状を持参して、大病院の消化器内科のS医師に診てもらった。問診では持参したA病院のCTやエコーは見ずに「ウチでもCT受けて」とだけ言われた。数日後CTを受け、さらにその数日後の再診日のやりとりを『我が闘病』第4章から紹介しよう。
S医師「ん……。最初は良性のように見えたんだがなぁ」
只野氏「良性とは血管腫ということですか?」
血管腫とはコブみたいな良性の腫瘍のことで、切除せずに済むケースもある。S医師は言葉を継いだ。
S医師「でもねえ、この造影剤の入り方を見ると、単純な良性ではないなぁ。やはり胆管細胞がんではないか。胆管膵(たんかんすい)外科を受診してください」
「胆管細胞がんではないか」――これが患者へのがんの宣告だった。呆然としていただろう只野氏は、胆管膵外科に回され、若手医師が応対。「誰それ先生がこうしてああしてくれますから」と複数の医師名を告げられたが、医師の名前より自分の病気でアタマがいっぱいの只野氏、名前なぞアタマに入らない。しばらくして偉い(?)先生が現れて言った。「1カ所だけですから、外科的に切除することでよいと思います」(『我が闘病』第4章)
決まれば早い。若手医師が電話をかけまくって上部内視鏡(後に胃のことだと判明する)と下部内視鏡(同じく後に腸のことと判明)、採血、尿、心電図と検査ラッシュの日取り決め。どの検査が何のためかも説明もそこそこ、「引越屋真っ青の手際のよさ」と述懐する。
さらに「心臓が外科手術に耐えられるか検査が必要だ」と言われ、只野氏は循環器内科へ。そこでもまた“あなたは肝臓がんの患者で、私のミッションは手術で心臓が問題ないか判断するだけ”という印象を受けたという。
がんの宣告に当たっては、患者の心より臓器ばかりをケアするのだろうか。診療機能面からするとそれは当然ではあるが、こんな扱いをされるとツラい。
左は緑の薬剤、右は採血
只野氏は12月上旬に循環器内科に入院、心機能検査受診から始まり、肝臓外科に転科して肝臓手術、2009年1月の再入院での心臓血管手術まで、“患者主体ではない体験”を検査や採血などを通じていくつも積み重ねていった。手術当日の肝機能検査ではこんなことがあったという。
「当日朝5時に研修医がやってきた。左腕を縛り右腕も縛って、『おっ、胸の上に何か置いたぞ?』と思うと、ピッピッピと電子音が鳴り出した。『何だろう?』と思っていたら、『終わりましたよ』と言うから、『どんな検査をしたんですか?』と聞いたんだ」
「左腕から緑色の薬剤を入れ、一定時間間隔で右腕から採血して、薬剤が肝臓でどの程度分解されているか確かめる検査です」(『我が闘病』第5章)
素人にも分かるように説明するのが、本当のプロではないのだろうか……。
研修医の素直なことば
医療の高度化でサービスを提供する側にも困惑はあるのだろう。肝臓手術からの退院前日、胆管膵外科の研修医から言われた素直な言葉も紹介したい。
「1月にもう一度入院して心臓の手術をするそうですが、僕から見たら、あの手術は想像できないですよ。外科は開けてみてどうするか考えることが出来るけど、あれ(カテーテル)は影だけ見て手術しているようなものですからね。だから僕なんかが何か言わない方がいいんです」(『我が闘病』第5章)
只野氏の身体の違和感は、大病院の匠の手技で癒えたが、心の違和感は癒やされなかったという。テクニカルなスキルだけが評価されるように見えた医師という職業への抵抗感、それが『我が闘病』を書かせたと只野氏は語る。
「患者さま」という単語を病院で聞くことはある。“患者さま=お客さま”なのだが、呼び名はともかく、本当の患者中心主義に立てば、診療予約も検査も手術も、今とはまったく違うサービス業になるのではないだろうか。
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