厳しい時代の今、“クリエイター・シンキング”に学ぼう:郷好文の“うふふ”マーケティング(2/2 ページ)
金融危機の到来で社会情勢が急変する昨今、従来のビジネス思考術が通用しなくなっている。ならば、これまで頼りにしてきた処世術の本は閉じ、自分と闘い、自分のキーワードを見つけてきたクリエイターの思考術に学んではいかがだろうか。
“神さま”“空ろ”“笑顔”というキーワード
“神さまを想う”をテーマにする絵描きがいる。彼は「神さまは、それを想う人の心の状態で姿を変える」と言う。人は、不安定な心の時は「神さまって頼りない」と思い、気持ちが充溢(じゅういつ)している時には「神さまは自分の味方だ」と思う。都合がよく自分中心の生き物なのが人間。それを神さまはお見通しなのだ。神さまを受け入れて、あるがままに平静心で描きたい、ということだ。
ある陶芸家のテーマは“空ろ(うつろ)”。彼女は言う。「料理を作る前、空の陶器の上側に、その人の考えている料理が載るんです。そこが“空ろ”なんです」。空(から)の時から、料理を想像させる陶器には“空ろ”がある。空ろがない芸術的な陶芸もあるが、料理を生かすのが器の使命だと考える。彼女の花器(花瓶)にも空ろがある。花を活けやすい空ろを持つ器がある一方、花の上級者を挑発する器もある。それは我が子を想う、慈愛に満ちた空ろなのである。
“笑顔”というテーマを持つ絵描きがいる。彼女は笑顔を失った国の人々に、笑顔を取り戻してもらうために描き続ける。笑顔でいっぱいの国を作りたい。笑顔にも時には試練がある。パリに行き、自分の絵を持って歩いた。ある画廊で「日本人がなぜ絵の本場の国に油絵を持ち込んで個展をしたいの? 私たちはそんなもの見たいと思わない」と辛辣(しんらつ)に言われた。
それでも彼女は絵を描き続ける。帰国後に描いた1枚は、膝を抱えて座る少女。何かを考えこんでいるようなポーズだけれど、顔は笑っている。笑顔で何かを考え続ける。笑顔の絵は深まってきた。
処世術もルールも無力になった
ビジネスパーソンにもキーワードはある。“誠実”“有言実行”“質実剛健”などの座右の銘。しかし、よりどころにはなるものの、突き詰めるテーマかと言えば違う。組織の言葉はどうか。“作る喜び”“顧客満足”“社会貢献”など企業理念やクレド(信条)がある。確かに組織を動かす上では大事なものだが、社員個々の心に本音で響いているだろうか? 労働契約が終了したらすっかり忘れないだろうか?
金融危機を境に日本の成長は止まった。だから成長志向の事業運営術も無力になった。マーケティングで言えば“セグメンテーション”や“リピート戦略”などで、顧客を分類する意味が薄れた。何しろみんな縮みっぱなしだから、“仮説検証思考”も“戦略マインド”も無力なのだ。
処世術の本に書いてあることは、たいてい演繹法(ルールを当てはめろ)か、帰納法(事例から考えろ)のどちらか。でも従来のルールは壊れ、過去事例も役に立たないのだから、処世術も役に立たない。
クリエイター・シンキング
結局誰しも、自分と闘い、自分のキーワードを持つしかない。処世術の本を閉じて、クリエイター・シンキングをしてみてはどうだろうか。彼らは自分にこう問いかける。
「自分なら、どうなったらいいだろう」
「自分なら、“この世界”や“やりたいこと”や“広めたいこと”がどうなったらいいか」、クリエイターの思考アプローチは、人の心の底にある感動の原動力を引き出す。そのために“育てる”“笑う”“創造する”“平静心になる”といったキーワードを作品に込める。「ボクはこう考えるけれど、キミはどう思う?」とメッセージを発して、作品を見る人に自発的な思考をうながす。厳しい時代の今、クリエイター・シンキングは自分をしっかりさせる思考術だと思う。
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