リスクを取らない商売に繁栄なし――売り切り商法導入が書店に与える影響:出版&新聞ビジネスの明日を考える(2/2 ページ)
小学館や角川書店などの出版大手が、これまでの慣行であった書店で売れ残った本の返品を受け付けない代わりに、書店の利幅を増やす書店への売り切りでの取引形態を導入する。返品自由でなくなると、買い手側にはデメリットばかりのようだが、本当は逆だと筆者は主張する。
痛みがあるからこそ、人は努力し、学習する
書籍流通では、著名作家の作品などヒットしそうな書籍では、各書店が過大に仕入れ、結果として返品の山となることを防ぐため、どの書店にどれだけ供給するかは、書店のこれまでの販売実績に基づいて、取次店が決めています。「売れそうだ」と思っても、これまでの実績がない書店では、希望通りの部数を仕入れられません。書店では小売りの基本である品揃えを、店側でコントロールできないのです。今回の買取制ではこうした状況が改善され、書店側で希望の数だけ仕入れることができるようになります。
何だかんだ言っても、どんな商品でも実際に店頭に並べてみるまで、何がどれだけ売れるかは分からないものです。また、売れ筋には地域差もあります。何がどうして売れているのか、現在の売れ行きが地元のイベントなどによる一過性のものなのか、継続的に続くものなのか。商品の売れ行きの裏にあるものを把握しているのは店頭であり、書籍のような非定番品について、一番正確な販売予測を立てられるのは、日々顧客と接している店舗です。
これまでリスクを取って仕入れを行ってきたことのない書店では、買取制に移行していく段階で、当然、多く仕入れ過ぎてしまったり、売れ筋を見逃してしまうこともあるでしょう。しかし、そうした痛みがあるからこそ、失敗を避けようと人は努力し、学習するものです。
小売業者が買取制のリスクを負う上で、もう1つ考えなければならないのが価格決定権です。出版物の場合、店頭でも出版社が決めた小売価格で販売される再販制度となっています。しかし、買取制では、どうしても過剰仕入れとなるケースが出てきてしまいます。買取制で過剰在庫の処分に有効な手段の1つとして値引き販売がありますが、書籍流通ではこれが認められていません。
小学館は今回の買取制度で返品は受け付けませんが、書店の要請に応じて定価の30%で買取に応じます。再販制度の見直しには時間がかかるでしょうから、買取制が普及するまでの過渡的な措置として、出版社のこうした対応は不可欠でしょう。仕入れリスクと小売業者の価格決定権との関係は、コンビニエンスストア業界も考えていかなければならない問題です。
品揃えという観点からは、書籍では在庫を効率的に持つことができるAmazonなどのオンラインショップの方が優位にあります。また、電子書籍が普及してくると、書店の競争環境はますます厳しくなります。在庫数に制約のあるリアルの、特に中小の店舗では品揃えではまったくかなわなくなってしまうでしょう。
こうした環境下での書店の唯一の生き残り策は、顧客に合わせてメリハリをつけた個性的な店作りをすることです。長年続いた業界慣行を変えるのは簡単ではありませんが、市場全体が縮小する中では、各店が挑戦できる機会を提供する今回のような取り組みを、業界全体として推し進める必要があります。リスクを取らない商売に学習はなく、学習のない商売に繁栄はありません。
さて、ここまで「小売業者はもっとリスクを取るべき」と書いてきましたが、別にサプライヤを擁護しているわけではありません。日本でサプライヤの立場が弱すぎるのは、あくまでもサプライヤの責任です。
日本ではサプライヤもリスクを嫌い、多くの新商品開発で「明日売れるもの」ではなく、「今売れているもの」を作り、すぐに同質競争に陥ってしまいます。銀行やベンチャーキャピタルなどの資金の出し手が「今売れているもの」にしか資金を提供しない、という構造的問題もありますが、「自社にだけしか取れないポジショニングを取る」「顧客から正当な対価をもらえる商売をする」というサプライヤとしての矜持(きょうじ)が不足しているのではないでしょうか。
値下げして売ることは誰にでもできますが、それでは先がありません。先がない仕事では、それに携わる誰もが夢を持てず、そこから抜け出すことはままなりません。
サプライヤは値下げを検討する暇があったら、苦しくても価格を下げずに売る努力、コストを下げて低価格でも収益を上げる努力、他社が真似できない商品・サービスの提供のいずれかに、時間とコストをかけるべきです。(中ノ森清訓)
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