古書店主が語る、ネット時代の古本ビジネス(6/6 ページ)
個人店舗が多いため、なかなかその実態が知られていない古書店だが、その経営や本の価格の付け方などはどのように行われているのだろうか。ネットと実際の店舗を組み合わせた古書ビジネスを展開している、よみた屋の澄田喜広氏がその内幕を語った。
自分の相場観を持つことが大事
澄田 最後にネット時代の生き残り術という話をします。
「商売とは何か」「なぜ利益をあげられるのか」というと、それは手に入れるためのコスト、流通や取引のコストを代行しているからです。ある人がやるよりも少ないコストで手に入れられる、そのことの差額の一部が利益となるわけです。
たいていの商品は産地に行けば、安く手に入れられます。しかし、誰でも産地まで行けるわけではない。そこで誰かに代表して買いに行ってもらう。そして、その分の手数料を支払う。これが流通業です。代表して買いにいく人は、1人分を買ってきたのでは意味がありません。大勢の分をまとめて買ってくるので1人当たりのコストを下げられるのです。ここでも経営規模という言葉が出てきます。
同じペットボトルの飲料がスーパーよりコンビニ、コンビニよりも自動販売機で高く売られています。でも、それぞれ売れますよね。それは同じ理由です。スーパーまで行ってレジに並んで30分かけて30円節約してもしょうがないので、手近な自動販売機で買うわけです。
古本というのは、そういう取引のコストが品物の値段に比べて非常に高い商品です。そういう商品“でした”。そこに多くの古本屋が商売を成り立たせる秘密がありました。でも、インターネットと宅配便の組み合わせで、取引のコストは劇的に下がりました。
相場の知識も簡単に得られるようになりました。例えば、お客さんがある本屋で目的の本を3000円で見つけたとします。ほかの本屋では2000円で売っているかもしれない。しかし、その本屋を見つけるのに足で探すと10時間かかるとすると、1000円安く買うために10時間を使ったのでは見合わない。これが取引にコストがかかるということです。
ところが、ネットなら数秒でほかの本屋の値段と比べられます。店の側から見ても、ほかの本屋の価格をすぐ見られるようになったので、相場の知識が簡単に得られるようになりました。他店との価格競争のコストが下がりました。他店の価格を見極めつつ、自分の価格を付けられる独自性というところにこれからの商機はあるのではないかと思います。
古本屋に本を売る人は、古本屋がいくらで買ってくれるのか分かりませんし、持っていくコストも大きい。たとえ価格に不満があっても、売らずに持ち帰るのは大変です。それに対して、オークションという、古本屋に売る以外の選択肢ができました。しかし、Yahoo!オークションやAmazon.co.jpなどは意外と取引が面倒です。面倒な割に安い価格で売られている本が多い。多くの一般書が、1円から数百円程度で売られています。そのため1冊ずつ取引するには値しません。しかも、どの本が高く売れるかは出してみないと分からないわけです。そこで、「古本屋にまとめて売る方が効率がいい」ということで、古本屋に売ってくれる人がまだたくさんいるわけです。
しかし、あまりにも安い本は取引のコストが割高になってしまって、一般の人だけでなく、古本屋も扱えないわけです。そこで、安い本の山の中から高い本を見つけるのが古本屋の仕事になります。そのため、「1冊ずつ値段付けろ」と言って、高い価格を付けた本だけ引っ込めるとかされてしまうと、とても困るわけです。
ネット時代でも自分の相場観というものを持っておかないといけない。プロの本屋ならネット時代になっても、時間的な幅の中で、価格の変化を見極めることが必要です。来年いくらになるかまでは分からないにしても、上がっていくか、下がっていくかを見極めること。そのためには本の空間的、時間的つながりを把握していることが役に立ちます。その本の著者は誰なのか、どういう人なのか、師匠は誰で弟子は誰か、どんな歴史的文脈に位置するのか、今の社会にとってどんな意味があるのか……つまり本を知っていること。当たり前のことですが、これがいつの時代にも通じるプロの本屋の条件です。
真似の値段ではダメだというお話をしましたが、ただし、ほかの本屋で安く売っているものをそれより高く買い取るのはやらないほうがいいと思います(笑)。よみた屋には「時代に寄り添いつつも、次の時代のための選択肢を用意する」というかっこいいコンセプトがあるのですが、今日の話はタイミングが作った相場に寄り添いつつも自分で相場を作り出すという話です。未来はいつも過去の中に潜んでいて、私たちが発見するのを待っています。1冊の本に新たな価値を見出して、次の世代に残すべき本をきちんと手渡す、これが変わらぬ古本屋の使命です。
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