抽象的に考えることの大切さとは(3/3 ページ)
私たちは物事の抽象度を上げて大本の「一(いち)」をモデルでとらえることができれば、それを10個にも100種類にも具体的に展開応用することができる。モデル化によって「一」をとらえなければ、いつまでたっても末梢の10個を丸暗記することに努力し、100種類に振り回されることになる。
仕事とは何か?
補足として、「仕事とは何か?」を把握する1つの概念モデルを紹介しておきましょう。私たちは日ごろ「仕事」という言葉をよく使います。
「この伝票処理の仕事を明日までに片付けておいてほしい」
「営業という仕事の難しさはここにある」
「課長の仕事はストレスがたまって大変だ」
「彼が生涯にわたって成し遂げた仕事の数々は人びとの心を打つ」
「そんな仕事は、プロの仕事とはいえないよ」
「あの仕事ができるのは、日本に10人といないだろう」
これら意味的に広がりを持つ「仕事」という概念ですが、これを1枚の絵にまとめるとどうなるでしょうか。私が作った一例が次の図です。
この図は次の2つの軸で平面を作ったものです。横軸に仕事がなされる時間──「短期間・単発的」〜「長期間・継続的」。縦軸にその仕事がなされる動機の違い──「いたしかたなくやる動機」〜「湧き上がってくる動機」。こうすることで、さまざまな仕事が配置されることになります。
私はセミナーや研修の際、次の「3人のレンガ積み」の話も加えてこの図を説明しています──。
中世ヨーロッパの町。とある建設現場に働く3人の男がいた。そこを通りかかったある人が彼らに、「何をしているのか」と尋ねた。すると、1番目の男は「レンガを積んでいる」と言った。次に、2番目の男は「カネを稼いているのさ」と答えた。3番目の男は顔を上げて明るく言った。「町の大聖堂を作っているんだ!」と。
1番目の男は、仕事を「作業」として単調に繰り返す生き方です。2番目の男は、仕事を「稼業」としてとらえる。そして3番目の男は、仕事を「使命」として感じてやっています。従って3人の男たちは、やっている仕事(=レンガを積む)は同じだけれど、仕事をとらえる意識はまったく異なるわけです。
さて、あなたの場合、自分の仕事はこの図のどこに位置しますか──?(村山昇)
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