出版物の3冊に1冊を占めるけど……危機を迎える日本のマンガ(前編):アニメビジネスの今(4/4 ページ)
日本ではコミック誌とコミックスを合わせた年間販売数は10億冊弱で、出版物全体の36%を占めている。しかし今、コミック誌の売り上げ減少で、日本のマンガ業界を支えてきたシステムが崩れようとしている。
マンガ雑誌の持つ大きな役割
先ほど日本がマンガ大国になった理由の1つとして、コミック誌の存在を挙げた。コミック誌が果たした役割の中でも非常に大きかったのは、評論家の中野晴行氏が『マンガ産業論』で言及しているように、作品を情報発信することでマンガ界の新陳代謝の機能を担っていた点にあった。コミック誌から常時新しい作品や才能が発信されていくというのは日本人からすると当たり前のことに思えるが、それがないアメコミでは、新規のキャラクターがなかなか登場しない。
次表は北米ダイアモンドコミック・ディストリビューション社が2011年に受注したコミックのベスト10だが、驚くべきことに登場するのは数十年前に誕生したキャラクターばかり。
2011年ダイアモンドコミック・ディストリビューション社コミック受注ベスト10(出典:ダイアモンドコミック・ディストリビューション発表資料)
タイトル | 発表年 | 価格 | 出版社 | 受注数 | |
---|---|---|---|---|---|
1 | Justice League(ジャスティスリーグ) | 1968年 | 3.99ドル | DC | 23万1000 |
2 | Batman(バットマン) | 1939年 | 2.99ドル | DC | 21万8000 |
3 | Action Comics(アクションコミックス) | 1938年 | 3.99ドル | DC | 20万4000 |
4 | Justice League (ジャスティスリーグ) | 1968年 | 3.99ドル | DC | 18万6000 |
5 | Batman(バットマン) | 1939年 | 2.99ドル | DC | 17万9000 |
6 | Ultimate Comics Spider-Man(スパイダーマン) | 1963年 | 3.99ドル | Marvel | 17万3000 |
7 | Green Lantern(グリーンランタン) | 1940年 | 2.99ドル | DC | 17万2000 |
8 | Justice League(ジャスティスリーグ) | 1968年 | 3.99ドル | DC | 16万1000 |
9 | Action Comics(アクションコミックス) | 1938年 | 3.99ドル | DC | 15万6000 |
10 | Detective Comics(デティクティブコミックス) | 1937年 | 2.99ドル | DC | 15万4000 |
『アクションコミックス』はスーパーマン、『デティクティブコミックス』はバットマンがメイン。『ジャスティスリーグ』はDCコミックのオールスターキャラコミックなので、一番新しいキャラクターは1963年誕生のスパイダーマンということになる。米国人はアメコミ誕生以来、ずっと同じキャラクターの作品を読み続けているのだ……。マンガ雑誌から次々と生み出されるキャラクターを消費することに慣れてしまった日本人からすると、米国人の忍耐強さは信じられないだろう。
日本はコミック誌によって多くの才能や作品を世に出すことで市場を活性化し拡大させることに成功してきたのだが、それが今、減少傾向にある。マンガ産業が危険な状態にあるのだ。
マンガのビジネスモデルは転換できるのか?
今までのマンガ産業のビジネスモデルはコミック誌で情報を発信し、コミックスで収益を刈り取るというもの。このサイクルの中で出版社の悩みのタネになっているのがコミック誌の維持である。コストがかかる上に広告もほとんど入れられないコミック誌は昔から「利幅が少ない」と言われていたが、それでもやってこれたのはコミックスで利益を出しているからである。
しかし、さすがにコミック誌の売り上げが最盛期から半減という状況になると、大手出版社でもコミック誌の維持問題は深刻なものとなりつつあり、最近では休刊(実質的な廃刊)するケースも増えてきた。このままこの状況が進行すると、作家の発表の場として赤字覚悟で出し続けている大手出版社の文芸雑誌と同じになる可能性がある。
コミック誌で情報発信、コミックスで刈り取るというビジネスモデルは徐々に難しくなりつつあるが、かといってそれに変わるモデルは今のところない。すでに629億円の市場(2011年度インプレスR&D調査)となった電子書籍に可能性を見出すことはできるが、それが情報発信の場となっているかは不確かな状況である。
とは言え、今後のコンテンツビジネスの動向で電子書籍を無視することはできない。その意味でこれからのマンガにおける情報発信は、意外と出版界以外のところからやってくるかもしれない※。
後編では、日本以外のマンガ産業の実態を紹介したい。
→アメコミ市場は日本の10分の1、世界のマンガ市場を見る(後編)
増田弘道(ますだ・ひろみち)
1954年生まれ。法政大学卒業後、音楽を始めとして、出版、アニメなど多岐に渡るコンテンツビジネスを経験。ビデオマーケット取締役、映画専門大学院大学専任教授、日本動画協会データベースワーキング座長。著書に『アニメビジネスがわかる』(NTT出版)、『もっとわかるアニメビジネス』(NTT出版)、『アニメ産業レポート』(編集・共同執筆、2009〜2011年、日本動画協会データーベースワーキング)などがある。
ブログ:「アニメビジネスがわかる」
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