無償提供の「Office for iPad」、なぜ日本で使えなかったのか:転換期にあるMicrosoftのビジネスモデルを知る(4/4 ページ)
iPadで使えるMicrosoft Office、「Office for iPad」が登場した。Microsoftの戦略と意図とは何か、そして「日本での提供が遅かった」のはなぜだろうか。
Office for iPadの登場をもっとも喜んだのは誰か──「プラットフォームの主導権を握る」ということ
ことMicrosoft Officeで考えた場合、Microsoftは利用デバイスの種類にこだわらないオープンな戦略に進んでいる。「9インチ未満のタブレット、スマートフォンに搭載するWindowsを無料にする」(記事参照)施策もその一環と想定できる。
Office 365を契約してくれるユーザーであれば、クライアントは(上記のとおり、できればWindowsをつかってほしいが)Windowsだけでなく、AndroidでもiOSでも好きなプラットフォームのデバイスを選択していいというわけだ。PC市場ではWindowsでほぼ独占状態にあるMicrosoftだが、タブレットやスマートフォンでは大きく事情が異なる。ユーザーがこれらスマートデバイスでの利用にシフトしつつあるなか、Windowsだけではなくなった環境に対応すべく「Office for iPad」をリリースしたということだ。
実際、この最終判断を行ったのは今回製品発表を行ったMicrosoftのサトヤ・ナデラ新CEOではなく、「One Microsoft」戦略を掲げた(記事参照)スティーブ・バルマー前CEOだったと考えられている。開発部門で準備は進んでいたものの、実際のリリース判断では相当もめたことも予想される。だが「Office for iPad」を出すことで目先の損より、将来の成長の種を蒔いておくことが重要だと考えた。
「たかがiPad対応製品1つ出すのに、何をそんなに悩む必要があるのか」と疑問に思う方もいると思う。
これがMicrosoftの牙城であるWindowsプラットフォームならばともかく、今回は自社も投入するタブレット市場で圧倒的優位にあるライバル社のプラットフォームでの話。AppleはApp Storeでアプリをリリースする開発者に対して、一律で売上の3割を徴収するルールを課している。無料アプリであったり単価の安いアプリならばサービスとシステムの維持費を考えるとApple負担のほうが大きいと考えられるが、これが年100ドルもの価値があるアプリであれば話は別だ。
前述したルールは、アプリ単体の売価だけでなく、アプリ内課金にも適用される。つまり、Office for iPadを通してOffice 365 Homeの契約を行ったとすると、一律で年額30ドル(約2460円)ほどがMicrosoftではなくAppleへ渡っている計算になる。App Storeに登録されるアプリはAppleのアプリ内課金システムを用いることが登録条件となっており、このルールから逃れる方法は現時点ない。以前の「Office Mobile for Office 365 subscribers」のように、既存のサブスクリプション契約者のみを対象とした製品にする手段もあったと思うが、あえて店賃として売上の3割を徴収されてまでも「ユーザーをサブスクリプションサービスへと確実に導くための導線」を必要としていたMicrosoft自身がこの道を選んだということだ。
Office for iPadの提供開始までに、以前よりMicrosoftがAppleに対して手数料の割り引き交渉を行ったといううわさも何度か伝わっている。もちろん優位にあるAppleが条件面で折れることは到底考えられない。今回の正式発表を聞いた筆者がまず最初に頭に浮かんだことは「でも、Microsoftは最終的に3割マージンの条件を受け入れたんだな」ということだった。
これを自ら確かめる術はいまのところないが、海外メディアでもApple関係者からの証言として「Office for iPadにおけるAppleの取り分は3割」と報じている(参考 Re/code:Microsoft Is Selling Office 365 Within iPad Apps, and Apple Is Getting Its 30 Percent Cut)。
以前のMicrosoftであれば考えられなかった話だが、「プラットフォームの主導権を握る」というのはこういうことなのだ。今回のOffice for iPadリリースでニヤリとしたのは、一般iPadユーザーよりも実はAppleなのかもしれない。
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