シャツに込める初心 スーツは戦闘服、男の服の基礎は350年変わらない:メーカーズシャツ鎌倉 貞末良雄氏に聞く「変えるべきこと、変えてはならないこと」
ビジネスに改革は必要だ。ただ、変わればいいものでもない。「変えるべきこと」と「変えてはならないこと」をどう区別するか。成熟したアパレル業界で、新たなビジネスモデルを確立したキーパーソンにその本質を聞いた。
ビジネスの成長には、変革が必要だ。ただ、初心を忘れたポリシーなき変化では、ただ時代に流されるだけだ。
変えること、変えてはならないこと。成熟したアパレル業界で新たなビジネスモデルを確立したキーパーソンは、この点をどうとらえ、自身のビジネスへ結び付けているのか。
日本人をお洒落にしたい。国際シーンでも自信を持って着用できるシャツを──。1993年の創業以来、上質な素材を使ってトラディショナルなシャツを手頃な価格で提供する「メーカーズシャツ鎌倉」。“鎌倉シャツ”の愛称で親しまれる同社のシャツは、価格以上に高品質な製品として高く評価され、2012年には世界の高級メンズブランドが集まるニューヨーク・マディソン街にも出店。日本人が日本の工場で作り上げる製品が、目の肥えたニューヨーカーを、ひいては世界の目利きを魅了している。
なぜ、鎌倉シャツは多くのリピーターを生むようになったのか。創業者の貞末良雄会長に製品へのこだわりや経営ポリシーにおける「ビジネスシーンにおける服装の重要性」、そして「一貫して変わらないことの強さ」を聞いた。
「スーツは戦闘服」──350年変わらない、男の服の基礎を守る
──“鎌倉シャツ”は、どんなときでもきちんと見える上質なシャツという印象があります。改めて、どんなコンセプトや思いを込めて製品にしているのでしょうか。
貞末良雄会長(以下、貞末氏) 男の洋服の起源は英国です。チャールズ2世の頃(1600年代)に衣服改革宣言が出され、スーツの原型が決められました。それ以来、小さな変化はありますが、男の服の基礎として存在しています。その「基礎を守る」のが私の会社の仕事です。
スーツは「戦闘服」なんです。日本でも武士の大将は、相手をひるませるために一目で上質と分かる鎧を着ていましたね。いい衣装は命を助けます。でも、最近の日本のビジネスパーソンは、服が助けてくれるという意識がないようですね。
メーカーズシャツ鎌倉は2012年にニューヨークに出店しました。ニューヨークの方はそのあたりがちゃんと分かっていると感じます。さまざまな国籍、人種の方がいるので、日本のように出身大学で人は判断できない。そうなると外見が重要です。これから出世しようとする人、会社の重役とミーティングする人は一流の格好をしてきます。きちんとしていると「この人は分かっている。礼儀をわきまえている」という評価になるのです。
最近はリラックスできる格好で仕事をする人もいます。ただ、ビジネスは緊張の中でするものです。闘いの場に出てリラックスする必要はないと思いますね。
シンプルだからこそ、上質な素材で──鎌倉シャツのこだわり
貞末氏 鎌倉シャツはトラディショナルなものを守るというコンセプトで作っています。時代に沿ってディテールは変化していますが、それはミリ単位の変化です。シャツの襟の形にしても、ワイドカラー、ボタンダウン、レギュラー、セミワイドと数種類です。そんなベーシックなものをどうやって差別化するのか、それは素材なんです。シンプルなものほど素材がよくなければいけません。
素材のいいものは、もちろんコストが高くなります。高級な寿司屋の値段が高いのもこのためですね。いいものは高い。私たちは1万5000円の価値があるものを4900円(税抜、以下同)で売っています。もちろん、高い、安いの感想はお客さまによって違いますが、前述のことを常に意識してシャツを選んでいたお客さまには安いと驚いていただきました。値段以上の価値があると選んでくださる方は、自社の調査結果ではサラリーマンの中で5%ほどです。ただ、我々は一貫して、その5%の方々をターゲットにしています。
──鎌倉シャツには「胸ポケット」がありません(*ボタンダウンシャツなど一部を除く)。
伝統的な英国のシャツにポケットは付いていません。実はそれを忘れていて、ニューヨークに出店した初日にポケットのことを指摘されました。「上着にポケットがあるのに、薄い生地のシャツに、それもタイトフィットのシャツになぜポケットを付けるんだ」と。
上着もいいものはタイトフィットが基本なので、ポケットにものを入れません。もちろん作業着であれば別ですが、ビジネスにおける戦闘服としての服には余計なものを入れない。真剣に仕事をして、礼儀をちゃんと守ろうと思って挑むなら、ものを入れて形が崩れたシャツではダメです。いいものに触れていないと、そういうセンサーがなくなっていくのです。
──他社が人件費などコストメリットを理由に拠点を海外の工場での生産に移す中、御社は日本の工場で生産する「メイドインジャパン」を貫いています。
貞末氏 私たちと切磋琢磨して、一歩一歩、技術を向上してくれる工場の人たちと協力して製造しています。メーカーが技術の進化をキャッチアップするには、パートナーである工場さんとの連携が特に大切です。中国の工場へ指導に行ったこともありますが、あうんの呼吸で私の考えていることを理解し、対応してもらうのは難しい。もちろん、安く作って大量に売り、残ったらセールでといったファストファッション的なビジネスモデルでやるとしたら、この方法は使えません。
アパレル産業は資本やパテントがなくても、感覚がよければ、生地を仕入れて工場で作って、店に出せば売れるというビジネスから始まるのは事実です。しかし世界競争の時代においては、固有の技術を持っていない会社は生き残れません。その意味で、これまではその技術を本当に大切にしてはいなかったかもしれません。私が以前いた5社も全部倒産しました。
これまでのビジネスモデルの先には実は何もない。このため、違うことをしなくてはいけない。人間には欲望があるからビジネスが成立します。この欲望の高いレベルには「自己実現したい」というものがあり、成熟した社会にはそういう人たちのマーケットがあるはずだと思いました。ブランドレーベルが付いていなくても、いいものが分かる人に偽りのないものを売ろう。これが私のビジネス方針の基本にある考え方です。
「変わらない強さ」とは何か
──提供する製品はトラディショナルですが、会長も、社内も、いい意味で自由な、日本的なことにはとらわれていない体制であることが、これまでなかったビジネスモデルを確立できた理由の1つでしょうか。鎌倉シャツの公式・販売サイトもインターネット黎明期の1998年開設と、かなり早くからIT化への変化に目を付けていらっしゃったことを聞きました。
貞末氏 当時、売上高100億円規模となるシャツメーカーの老舗が10社以上ありました。「shirt.co.jp」ドメインを取得したので「これを活用し、みんなで何かでやりませんか」とシャツ業界に投げかけたのですが、誰からも返事がありませんでした。
私たちは小売業。出店と告知にかなりコストがかかります。インターネットで、シャツはどんな意味を持っているのかについてのコラム(ブログ)を意識して発信します。すると「では、それを示す商品はどこにあるのだ?」「そこまで言うなら、商品であるシャツもいいに違いない」と思っていただける。これも新たなマーケティング戦略の第一歩と、ITの可能性を感じました。
社内的には、大げさな組織を作らず、一人がマルチに仕事をする体制にしています。商品原価は少々高いけれど、徹底した流通システムの見直しと中間コストの削減を行い、お客さまに価値のあるものを届けられる仕組みを経営努力で実現しました。
従業員への評価は、一挙手一投足がお客さまのためになっているかどうかが基準となります。上司に褒められるだけでは評価されませんよね。議論は平等で、声の大きい人が決定権を握るということも許されません。
従業員は孫悟空の髪の毛なんですよ。一緒に戦う私の分身です。私の分身だから、怒鳴ったり蹴飛ばしたりなんかできません。私は会社の長というより、長い経験からいろいろなことを教えるプロジェクトチームのリーダーのつもりです。そのスタンスは二十何年間、変えていません。だから社長室もありません。みんなと同じところに座っています。みんなの話をいつも聞いているので、報告書もいらないわけですね。
──改めて「変わらない強さ」とは何でしょう。
貞末氏 仕入れにかかる支払いは現金で必ず翌月に全額支払う方法としています。そうすると取引先の担当さんは集金の手間がなくなるので、それならといろいろな情報や企画を持ってきてくれるんです。
私たちの会社には、買掛金台帳も手形帳もありません。年商50億円規模の会社に成長しましたが、実は経理担当は一人です。もちろん支払いについては一例ですが、それを極めてシンプルに習慣とすることです。その習慣の中でビジネスが成り立つように組み立てていく、これが「変わらない強さ」かもしれません。習慣付けることによって、それが当たり前になります。
自分たちの行動をシンプルにしない限り、シンプルなものは生まれません。なんでもそうだと思いますね。
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