大井川鐵道に『きかんしゃトーマス』がやってきた本当の理由:杉山淳一の時事日想(4/6 ページ)
ファンの「いつかは日本で」の願いが叶った。2014年7月2日、大井川鐵道が『きかんしゃトーマス』の試乗会を開催。実際の鉄道でトーマスが運行したのは、英国、米国、オーストラリアに続いて4番目。アジアでは初めて実現した。なぜトーマスが日本で走り始めたか。表と裏の理由を明かそう。
集客低下に悩む大井川鐵道の事情
一方で、大井川鐵道はSL列車の新展開を模索していた。大井川鐵道はSL列車の観光収入で普通列車の赤字を埋めるという経営体質だった。しかし近年、SL列車の集客が鈍っていた。その理由は二つ。JR東日本のSL復活と観光バスの制度変更だ。
JR東日本がSLを復活させ、高崎を拠点に投入し始めた。しかも、子どもに人気の新幹線とセットでPRしている。この影響で関東から大井川鐵道へ向かう客が減った。大井川鐵道だけではなく、周辺の秩父鉄道や真岡鐵道も影響を受けている。
さらに観光バスツアー客の減少が追い打ちをかけた。近年の相次ぐツアーバスの事故を受け、長距離観光バスについて運転士二人の乗務が義務付けられた。これはバス運行費用のコストアップと、運転士不足を招いた。その影響で、東京・名古屋から大井川鐵道への観光バスツアーが激減したという。
ただ、島田市に静岡空港が開港するなどの追い風もあった。大井川鐵道は2013年、実験的にC11形を青く塗り、大きな目玉を付けた「SLくん」を運行した。この試みは、子どもには好評だったようだ。しかし、保存鉄道としてのSLを好む鉄道ファン層や年配の旅行者層からは不評だった。大井川鉄道によると「鉄道ファンは黒いSLが好きなんですよ」とのこと。2007年にタイから帰還したC56形をタイ国鉄時代の緑色にしたときも賛否両論あったという。
日本国鉄型のSLは黒。この呪縛は他のSL運行会社にもあるだろう。しかし、大井川鐵道の「SLくん」の試みは、トーマス関係者にとって「柔軟に対処できる鉄道会社」と感じられたようだ。まがい物の青いSLを走らせるくらいなら、トーマスを走らせてもらいたい。これは、トーマス関係者だけではなく、トーマスファン、鉄道ファンにも同感できる部分である。
SL集客の落ち込み、試行錯誤の試み。そんな大井川鐵道にとって、トーマスの話は絶好のチャンスだった。
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