新幹線開業前、ストロー現象という“幻痛”に惑わされるな:杉山淳一の時事日想(1/4 ページ)
都市間をトンネルや橋、高速鉄道で便利にすると「ストロー現象」が起きる。大都市の経済力に小都市の経済圏が引き寄せられ、小都市が衰退すると信じられている。本当にそうだろうか。少なくとも過去に開通した新幹線開業では、そうした事態は確認できなかった。
杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)
1967年東京都生まれ。信州大学経済学部卒。1989年アスキー入社、パソコン雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年にフリーライターとなる。PCゲーム、PCのカタログ、フリーソフトウェア、鉄道趣味、ファストフード分野で活動中。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。著書として『知れば知るほど面白い鉄道雑学157』『A列車で行こう9 公式ガイドブック』、『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。 日本全国列車旅、達人のとっておき33選』など。公式サイト「OFFICE THREE TREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」、Twitterアカウント:@Skywave_JP。
「ストロー現象」は、衰退の危機に敏感な都市の人々に衝撃を与える。もっともらしく語るときに使ってみたくなる魅惑的な言葉だ。本当に起きるかどうかはともかくとして。
私は本誌の北陸新幹線開業に関連した記事で、ストロー現象という言葉を使った。東京と北陸の都市間ではなく、日本海側と太平洋側で企業の移転が起きる現象をストロー現象になぞらえた。しかし、ストロー現象について調べ、この言葉の使い方を反省した。
Wikipediaの「ストロー効果」の項によると、この言葉のきっかけは瀬戸大橋の開通だったらしい。
この言葉は、瀬戸大橋開通前の備讃地域開発計画に参画した小野五郎四国通産局総務部長(当時:現埼玉大学名誉教授)が、「ライリーの小売引力の法則」の系として、「大橋のような幹線交通路が開かれると、大きい方の経済圏に小さい方の経済圏のメリットが飲み込まれてしまうから、予め四国島内の交通網整備による四県の結束と物流拠点の整備を図る必要がある」として、自身を本州側に、アイスコーヒーの入ったグラスを四国側に見立ててストローで吸ってみせ、「このように美味い部分は吸い上げられ、残されたのは氷だけでは困るだろう」と警告を発したのが最初である。
この文に登場する「ライリーの小売引力の法則」とは、A、B、Cの3つの都市があるとして、「中間都市Bの人々は、両端の都市AとCを比較し、大きい方、あるいは近い方の都市で消費しようとする」という法則だ。同じ距離なら大きい方へ行くし、同じ規模の都市なら近い方へ行く。では、距離も規模も違う都市を比較すると、どちらに行くか。それは数式で表せるという。
小野氏はこの法則になぞらえて、瀬戸大橋ができると、備讃地域と山陽地区を結ぶ所要時間が短くなり、四国の人々の経済活動が山陽地区側に移ると危惧したようだ。3地点の経済移動を示した法則を四国と山陽の2地点に落とし込んだところは乱暴な気もするけれど、実務に携わってきた人の言葉だから、きっと経験に基づいた根拠があるのだろう。なにより、ストローとアイスコーヒー、氷という視覚効果も分かりやすい。この話は「瀬戸大橋にはデメリットもありそうだ」と漫然と不安に思っている人々にとって、とても効果的な警告だった。
しかし、注意深く読むと、瀬戸大橋が起こす経済流動について、両岸の消費者にアンケートを取ったわけでもないし、企業の動向を調査したわけでもない。都市の経済圏のメリットが何かを具体的に示していない。ストロー現象は学説でも論文でもなく、談話である。ストロー現象という漠然としたイメージが一人歩きしたような感じだ。小野氏自身も、ここまで人々に語り継がれ、恐怖の材料にされるとは思っていなかったのではないか。職務上から、四国の皆さんに対して「瀬戸大橋の向こうに負けないように頑張りましょう」という、応援の意図にすぎなかったと想像する。
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