高齢化社会の到来で、クルマに必要になる“福祉“の視点とは?:池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/4 ページ)
今後本格的な高齢化社会を迎える日本では、車椅子を積んだり、障害者自身が運転したりできる“福祉車両”の発展が急務になるはずだ。高齢化社会のクオリティオブライフを支える存在として、福祉車両の今後は真剣に考える価値がある重要テーマだ。
変わりつつある福祉車両
機能やデザインの進歩も著しい。ここ数年で、こうした福祉車両への適合が車両の基礎設計段階から考慮されるようになったことが非常に大きい。
トヨタはすでに数年前から、かつては後付けの改造デバイス開発チームだった福祉車両の開発チームをベース車両の開発チームに合流させ、開発の基礎段階から福祉車両への適合を織り込んだクルマ作りを始めている。このコラムでも何度か書いた通り、今年からTNGAプロジェクトによるモジュール化が始まったが(参考記事)、おそらくこの福祉車両もそのモジュール化の項目に含まれているはずである。なぜならばモジュール化は基礎開発の段階から将来的なバリエーション展開を見込み「あとで無駄な工数を増やさないこと」を目標にしたプロジェクトだからだ。
かつての進め方であれば、立場が上である車両開発チームは他の要素チームの都合など無視してクルマを作り、そうしてでき上がったクルマを所与の条件として格下の福祉車両チームは開発を始めなければならなかった。社内の力関係やプライドが無駄を作り出すことはどこの企業にもある。そういうことが会社経営にとってプラスにならないという点をトヨタは本気で改革しようとしている。トヨタの全てが素晴らしいとは全く思わないが、こういう所は本当に素晴らしい。
筆者はかつて福祉車両がどんな状況に置かれていたかをたまたま知っている。私事で恐縮だが、20年近く前に、母が脳梗塞で倒れて右半身不随になった。普通の乗用車しかなかったわが家では、母を連れ出そうとするととても大変だった。そこで各社の福祉車両を片っ端から調べたが、当時の福祉車両はまだ試行錯誤の段階。メーカーのカタログモデルですら事実上「特装車」、つまり後改造で作ったクルマが多かった。
クルマの設計段階で福祉車両としての機能が考慮されていないため、一度完成したクルマを特装車部門や別会社に持ち込み、あちこちの部材を切ったり削ったりして大改造を施していた。
こうした大改造を行えば、衝突安全性など元々のクルマの機能が低下する可能性が高くなり、重量が大きく増加し、しかもクルマが介護用に特化されてしまう。
開発コストも限られていたので、車種の選択肢が少なく、追加機能のデザインも無骨、リヤシートや助手席を取り払うなど、普段使いでの機能を色々諦めなければならないモデルが多かったのである。母のために必要な道具であって、自分が欲しいクルマとは全く違うものになっていたのだ。当時自動車通勤だった筆者は「これでは母のクルマを借りて通勤している気分になるなぁ」と感じたこともついに購入に踏み切れなかった原因の一つだった。
余談だが、クルマだけでは解決できない住居の構造の問題も大きかった。母を抱きかかえて数段とはいえ階段を上り下りしなくてはならないことと、戸口の狭さも福祉車両では解決のしようがない。無理をして万が一筆者が転んだ時、半身不随の母は全く受け身が取れない。
クルマというのは本来汎用性が高いものだ。通勤、買い物、旅行など、クルマがあることによってできることが増え、豊かになるはずなのだが、改造によって普段使いの機能が犠牲になれば楽しみを失う。それではお金を払う気持ちが萎える。
例えばデイサービスなどの会社が送迎で使う業務車なら、介護専用でもいいだろうが、個人で購入するクルマはそれでは困る。つまり「必要なときは福祉車両としても使えるファミリーカー」が求められていたのである。
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