スズキが“世界自動車戦争”の鍵を握る理由:池田直渡「週刊モータージャーナル」(2/6 ページ)
他社に先駆けてインド市場に進出したスズキは、今や世界中の自動車メーカーから羨望の眼差しを浴びている。同社の成功の裏側にあったものとは……?
文明の衝突が産んだ新しい価値
2014年の軽自動車税引き上げ騒動の最中で、御歳84歳の鈴木修会長兼社長が「軽自動車は貧乏人の乗り物」と発言して物議を醸した。しかし、それが大炎上に繋がらなかったのは、ひとえにスズキのひたむきな姿勢があるからだ。
スズキという会社は自己肥大と対極にある。ゴーン以前の日産が「軽自動車を作るなんて沽券にかかわる」と言わんばかりだったのに対して、「スズキのクルマは高いと買ってもらえない」という思想が、信念に近いレベルで浸透している。そこには貧乏人に対する侮蔑のニュアンスがまるでない。貧乏な人こそがスズキを支えてくれているお客さまだという感謝の気持ちが常にある。だから、軽自動車は貧乏人の乗り物というきわどい発言が大炎上に至らなかったのだと思う。
スズキは面白い会社だ。サプライヤーから部品を納入させるとき、普通のメーカーは入念な検査を行う。仕様を満たしているか、強度は十分か、耐久性は十分か、 そういう厳しい検査を行うのである。それでもなおタカタのような問題が発生することがあるので気を抜けない。
これがオリジナルで作らせた部品なら当然、あるいは標準仕様をカスタマイズした場合もそれに準ずるだろう。しかし、汎用品をそのまま使う場合はどうだろうか。当然他メーカーで採用実績があり、採用時に入念なテストが行われているはずである。それらの部品に同じような検査を行ったところで意味はない。同じ手法で発見できない不具合は自社の検査でも発見できない。いわゆる冗長性の問題だ。にもかかわらずコストがかかる。「そんなものは止めてしまえ、その分安くなる」。スズキの徹底的な現実主義が垣間見える。
さて、オペルとの共同開発の話に戻る。操縦安定性で、ダメ出しを食らったスズキは悩んだ。オペルのいう通りに改善すれば、目標ラインをクリアするものができるだろうが、それは全くスズキらしくない。スズキらしくコスト優先を死守しつつクリアできないものかとあらゆる手を打った。そうしてついにオペルの首を縦に振らせるところまで持っていったのである。
こうしてスズキのどケチマインドとオペルの要求ラインのすり合わせに成功したことで、スズキは安価で高性能という新境地を切り開いた。これは自動車世界における「文明の衝突」だと思う。スズキの持つコスト優先文化と、オペルの持つ性能に妥協しない文化が衝突し、新しい価値を生み出したものだと言える。サミュエル・P・ハンチントンは、第二次大戦後の世界は国家と国家の対立ではなく、文明と文明の対立によって形作られていると語った。スズキとオペルの文明が衝突してできたクルマが、国家間の境界線が崩壊したEUで販売されるのは興味深い。
関連記事
- スズキが新工場を作る意味――インド自動車戦争が始まる
1月末、インド・グジャラート州で新工場の定礎式を行ったスズキ。実は同社は1980年以来、35年もの長きにわたりインド市場に取り組んできた。そのスズキがこのタイミングで新工場を設立する意味とは……? - 新型マツダ・デミオが売れた3つの理由
マツダの新型デミオ、特に「SKYACTIVE-D」搭載のディーゼルモデルが売れている。「売れているのはハイブリッド車ばかり」な日本でなぜ新型デミオは売れるのか? その理由とは……。 - ITだけではない、インドは隠れた宇宙大国か?
「IT大国」で知られるインドだが、実は数十年前から宇宙開発に力を入れている。昨今は宇宙ベンチャー企業の台頭も目立つようになってきた。 - 値段は競合の2倍――それでもカシオの電卓がインドで売れる、2つの理由
1980年代からインドで電卓を販売していたが、値段が高いため知名度の割に売れていなかったカシオ。しかし2010年発売の新商品が大ヒット、以来インドでの売れ行きはずっと好調だという。高くても売れる、その秘密とは? - 池田直渡「週刊モータージャーナル」バックナンバー
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.