「常識が通じない」マツダの世界戦略:池田直渡「週刊モータージャーナル」(2/5 ページ)
「笑顔になれるクルマを作ること」。これがマツダという会社が目指す姿だと従業員は口を揃えて言う。彼らは至って真剣だ。これは一体どういうことなのか……。
世界一のクルマの定義
なので、筆者からのお願いだが、これから出てくる数々の美談みたいな物言いを、マツダの社員が寝ても覚めても本気で考えているのだという「あり得そうもない」ことを受け止めてほしい。「世界の平和を願う中学生」くらい純粋にそう考えており、そう考えない人を不思議がり、なおかつその実現に向けては大人の手練手管を使っていたりする。あまりにも分かりやすくて分からない。それがマツダの世界戦略なのだ。
「マツダの世界戦略は世界一のクルマを作ることです」。
いちいち突っ込みたくなるが、そうしていると話が進まないので、そのままに受け取ろう。ではその世界一とはどういう定義なのか。マツダは1000万台クルマを売ってトヨタやフォルクスワーゲンを抜きたいとは微塵も思っていないはずだ。では一体何なのか。マツダの定義でいえば、それはフィーリング。「操作感」とか「加速感」とか「軽快感」に世界一優れていることだ。
分かりにくいかも知れないが、それは極めて特殊なことだ。普通は、操作感でいえば、ステアリングギヤボックスのギヤ比がいくつだとか、加速感でいえばゼロヨン、つまり静止から400メートルを何秒で走りきるとか、そういう数値に置き換えた定量的な評価をするものだ。最近の例でいえば、ホンダの「シビック Type R」は、その開発目標にニュルブルクリンクの北コースで「FF車世界最速」をとることが組み込まれていた。そこにユーザーは不在だ。大勢の人間が開発に携わるのだから、目標があいまいだと着地点が定まらない。だから目的を数値化して単純化する。なのにマツダはそういう数値設定をしない。
例えば「ロードスター」というクルマがある。これは車両重量が1トンを切ったことでクルマ好きの喝采を浴びたわけだが、マツダは1トンを切ることを目標に置いていない。「ロードスターに乗って笑顔になれること」という文学的テーマが開発目標なのである。それを素因数分解していったときに初めて「重量はいくつか」という設定数値が出てくる。だから1トンは目標達成の手段であって目標そのものではない。
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