「常識が通じない」マツダの世界戦略:池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/5 ページ)
「笑顔になれるクルマを作ること」。これがマツダという会社が目指す姿だと従業員は口を揃えて言う。彼らは至って真剣だ。これは一体どういうことなのか……。
理想を形にする現場
それは具体的にはどう違うのか。例えば、エアコンを外してしまえば数十キロの軽量化はすぐできる。開発目標が1トン切りにあるならそれも1つの選択肢になる。しかし、「ロードスターに乗って笑顔になれること」が開発目標ならば、乗り手に我慢を強いるようなやり方はあり得ない。
設計とは相反するいくつもの要素を慎重に検討して、最良の妥協点を見つける仕事だ。妥協点の設定のためにはコアになる揺るぎない価値が必要だ。「それは重量じゃない。究極的な目的は笑顔にある」とマツダは定義したわけだ。それは設計の際に次々と現れる数々の要素にプライオリティをつけるとき、明確な原則として機能する。
一見数値で指定した方が揺らがないように思えるかもしれないが、そうではない。例えば上述のシビックが「ニュルFF最速」というタイム目標と引き換えに、500万円のクルマになってしまったことは、誰もが手軽にスポーツ走行を楽しめる「FFホットハッチ」という共通認識を数値には盛り込めなかったからである。おかしな暴走に陥りそうなとき、基本に回帰することができなくなる。
だからマツダの世界戦略は、ユーザーの笑顔を作ることにあり、そのためのフィーリングとはどうなるべきなのかをとことん科学することで数値化していくのである。ロードスターのトランスミッションは外見がツルンとしている。普通はこんな形になっていない。リブと呼ばれる補強の桟が縦横に走り、ケースの剛性を担保する。
ミッションとエンジンがそれぞれ十分に剛性があることと、相互にがっちり締結されていることは騒音と振動、操作のダイレクト感のために極めて重要だ。そのために普通はケースの肉厚を厚くし、必要な場所にリブを立てるのだ。
しかしそれでは、スペース的にも重量的にも「笑顔になれるロードスター」を実現するものにならない。軽くなければ笑顔になれない。だから二律背反するこの強度/剛性と重量をどちらも妥協せずにブレークスルーすることが必要だったのだ。
コンピュータを使って応力解析すると、トランスミッションケースのどこにどれだけ肉厚が必要で、どこに必要ないかが分かった。形にすると、それは古木のひねこびた根っこのようなものだった。設計者はそのデータを持って生産技術部門に行く。実はこのミッションケース、表面こそツルツルだが、その実最適形状を取るために肉厚が三次元で変化している。縦の断面も横の断面も斜めの断面も肉厚が連続的に変化するという凄まじい形状なのだ。
これを見て「ああ、こんな鋳造なら任しておけ」という生産技術担当がいたら会ってみたい。設計者がもらった言葉は「バカか!」だったという。そこからは膝詰めだ。ロードスターはどういうクルマでなくてはならないのか、そのためにどうしてこれが必要なのかを決着が着くまでとことんやったのだという。生産技術部も同じくChange or Dieを生き抜いてきたので、そこに筋が通っていると分かれば、与えられた課題以上の答えを返すつもりでやる。設計者が「世界一のクルマを作る」というのは百歩譲ってあるとしても、工場長が取材陣に向かって「世界一のクルマを作る」と宣言するのを聞いたのは初めてだ。
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