「常識が通じない」マツダの世界戦略:池田直渡「週刊モータージャーナル」(5/5 ページ)
「笑顔になれるクルマを作ること」。これがマツダという会社が目指す姿だと従業員は口を揃えて言う。彼らは至って真剣だ。これは一体どういうことなのか……。
マツダの起業家精神
こういう絵柄の全体を見ると、やっていることは起業に近い。理想を掲げ、そのために必要な協力を1つずつプレゼンによって獲得していくスタイルだ。それは多くの社長が夢に描きながら実現できない「全ての社員が起業家であれ」という形を具現化したものに見える。
一度地獄の釜のふたの向こうを見たマツダは、自分の信じる世界一のクルマを作ってさえいれば、世界自動車戦争を生き残っていけるという確信を持っている。同時にその原則を踏み外せば再び地獄の釜のふたが開く恐怖もまた知っている。彼らが台数ベースや地域ベースの戦略を絶対に口にしないのは、恐らくそういう背景があるからだと思う。
マツダがやっている何か異常なことに、トヨタが気が付いたらしい。提携に先駆けて(関連記事)トヨタの豊田章男社長自らがマツダを視察に来たことを指して、あるマツダマンはそう言った。「数年前までトヨタにとってマツダの存在なんて無いも同然だったんですけどね」。
何かに気が付いたことはさすがトヨタだと思う反面、マツダと同じことがトヨタにできるとは思えない。トヨタの戦略はいつも科学的で効率的だ。スマートなエクセレントカンパニー。それが彼らのプライドの持ち方だと思う。しかし、マツダの設計者は技術説明会場で、自分が設計したトランスミッションの前で四つん這いになって、ここがあそこがと呆れるほどに熱心に自分の設計がどう笑顔につながるのかを説明し続けた。トヨタにこんな人がいるのだろうか?
そういうクルマバカみたいな人は、業界全体に減っている。いい大学を出て、エリートの就職先として霞ヶ関やメガバンクと比較しながら自動車メーカーに就職する。クルマに興味がなく、運転免許すら持っていないという人がクルマ作りの内側にいることにもはやいちいち驚かなくなった。
マツダの技術者の熱弁は、聞いていてとても面白かったが、細かすぎて恐らくほとんどが記事にはなるまい。しかし文字にはならなくても、その技術的こだわりや技術者としてのプライドは、おそらく筆者の文章にも影響を与えているだろうと思う。
マツダの戦略はつまるところ「いいものを作れば売れる」ということだと思う。普通に考えれば、それは落第点の戦略だと思う。しかし、それをとことん突き詰めれば他社が真似できない戦略になるのかもしれないと、今回筆者は感じた。それは「数の拡大を目指さない」という原則とセットになったものだし、何よりも作り手の指す「いいもの」に製品としての説得力がなければならない。ただそういう条件設定の中では1つの戦略として成立しているように思う。
筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。
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