「ケータイを持たせない」という選択(4):小寺信良「ケータイの力学」
保護者に対して、小中学生に携帯電話を持たせない努力義務を規定した「いしかわ子ども総合条例」改正案を、石川県はどう運用していく予定なのか。石川県の担当部署に聞いた。
取材で石川入りして最初にお話を伺ったのは、石川県庁であった。条例改正を行なったのは県議会だが、実際にこの条例を所管・運用していくのは県の仕事になる。担当するのは、「少子化対策監室」であるという。ケータイ所持規制と少子化対策は、全く関係がない。しかしそこには、石川県特有の真面目さから来る悲哀がある。
なぜこんな構造になったかというと、2003年(平成15年)から施行された「次世代育成支援対策推進法」が発端である。これは急激な少子化や家庭、地域環境の変化に対応するための、子育て支援策だ。具体的には、企業に対する子育てと仕事の両立支援を求めるなど、福祉的要素の強い法律である。
石川県ではこれに真面目に対応するため、子どもに関するいくつかの条例、例えば子育て支援策、子どもの権利擁護、若者の自立支援などを、全部1つにまとめた。その中には、未だ多くの県では独立して存在している青少年健全育成条例も含まれている。確かに沢山の法や条例が乱立していては、総合的な支援が難しい。管轄が違うということで役所内でたらい回しになりかねない。こうしてできたのが「いしかわ子ども総合条例」であり、それを所管するのは必然的に少子化対策監室になった。
もともとの発想は良かったのだ。ただその中の青少年健全育成条例的な部分に、携帯電話所持規制が改正で盛り込まれることになった。福祉のように社会的弱者に対する支援策と、子どもにケータイを持たせないという教育的啓蒙活動は、そもそもベクトルが全然違う。取材に応じていただいた皆さんは公務員なので、心情的なことはもちろん発言されないが、約1時間半の間対峙して筆者がひしひしと感じたのは、「困惑」であった。
前例のない運用の難しさ
小中学生に対する携帯所持規制という全国に類を見ないこの条例を、どのようにドライブして行けばいいのか。筆者の関心もそこにあった。このような条例は、子どもを持つ親の立場から見れば、まあありがた迷惑というか、大きなお世話である。当然反発も大きいだろうし、石川県外からの、特に携帯電話も含めたネットワークサービスの中心地である首都圏からの疑問の声も大きい。それを矢面に立って推進していかなければならない立場として、どのようにやっていくのか。
筆者が一番知りたかったのは、この条例による所持規制の効果測定をどのようにするのか、というところであった。所持規制の最終的な目的は、青少年が犯罪に巻き込まれないこと、また加害者にもならないことであるという。それならば、所持を規制したことで、青少年が関係する犯罪が減少したという効果測定をしなければならない。そうしないと、規制する意味がないからである。
しかしこれはそう単純には行かない。単純にケータイを何年から規制しました、すると何年から青少年被害は減少しました、というだけでは、因果関係は分からない。違う要因によって減少したかもしれないからある。
特に調査の障害となるのが、県全体で一斉に規制してしまうことで「規制しなかった場合」のサンプルが取れなくなることである。比較対象がなくなってしまうわけだ。特に石川県は、日本で一番共働き世帯が多いという特殊事情がある。このことは、データに影響しないはずがないわけだが、他県・隣県は事情が違うため、比較対象にならない。
そもそも青少年が関係した犯罪のうち、ネットやケータイがどのように関与したのか、さらにはネットやケータイがなければそもそも犯罪は起こらなかったのか、といった因果関係を、社会的背景を考慮しながら具体的に調査しなければならないはずである。
そのような質問をぶつけてみたところ、みな驚いた顔をしたのが印象的であった。効果測定が必要であることまで、まだ想定していなかったのだろう。そもそもそのような調査は、犯罪である以上は警察が行なっている。しかし自治体としては公正を期するため、警察から提出される資料だけを元に判断するわけにはいかない。当然自分たちでも加害者、被害者に接見しなければならないだろうし、プロバイダ制限責任法に基づいた情報公開請求を行ない、通信ログを分析する必要もあるだろう。莫大なリソースが必要になる。
またケータイを持たせないことに対しての、代替措置も必要だ。例えば以前紹介した野々市町の例のように、塾からのメール報知システムのようなものである。しかしこのような具体的な対策は、「ない」という。また、ケータイを持たせない県という特殊事情、他県や大人、高校生まではみんな持っているが、小中学生だけは持っていないという事情を加味した独自のリテラシー教育カリキュラムも、そんなものはどこにも「ない」のだ。
石川県には、これからやるべき事が山積している。
小寺信良
映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。最新著作は津田大介氏とともにさまざまな識者と対談した内容を編集した対話集「CONTENT'S FUTURE ポストYouTube時代のクリエイティビティ」(翔泳社)(amazon.co.jpで購入)。
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