2020年に商用サービス開始?――Ericssonに聞く「5G」のロードマップ
「LTE」に続く次世代通信として2020年に商用サービスが開始されているといわれている「5G」。5Gが始まることで、私たちの生活はどう変わるのだろうか。また5Gを支える技術とはどのようなものなのか。Ericssonのリサーチトップに聞いた。
世界的にはLTE(4G)の普及が本格化という段階だが、通信業界ではすでに次世代の通信技術5Gに向けた動きが始まっている。くしくも5Gの商用サービス開始予想は2020年、東京でオリンピックが開催される年と同じだ。通信機器最大手Ericssonのリサーチトップを務めるSarah Mazur氏は、2020年にわれわれが5Gを利用できる可能性は高いとみる。
だが、重要なポイントは「5Gはこれまでの世代とは異なり、エンドユーザーがモバイル端末で体感できる速度などのメリットにフォーカスしているのではない」(同氏)という点だ。Ericsson本社のあるスウェーデン・シスタで、Mazur氏に5Gの展望を語ってもらった。
5Gの標準化はこれから
Mazur氏は5Gは「ネットワーク社会を実現する技術だ」と説明する。Ericssonは2009年に「2020年に500億台の端末がつながる」という予想とともに、「ネットワーク社会」を提唱しており、5Gはまさにそれを支えるものとなる。だが、5Gはリサーチ段階であって、標準化作業はまだスタートしていない。
Ericssonは、5Gでは「ネットワークの容量が1000倍」「データ転送速度は10~100倍」「現在の端末数の10~100倍をサポートできる」「消費電力が10倍改善」などが要件となると予想する。Ericssonは2年前に5Gのリサーチプロジェクト「METIS」を他社と共同で開始。METISは欧州連合(EU)の支援を受けており、現在はHuawei、Nokia Solutions Networks、Alcatel-Lucentなどの通信機器ベンダー、そしてNTTドコモなどの通信事業者、さらにはBMWなど産業界からも参加して研究を進めている。中でもBMWの参加は「初めて」(Mazur氏)といい、「通信技術がどの業界にとっても無視できなくなっていることを象徴している」と続けた。
足並みをそろえてはいるものの、水面下の動きは活発だ。通信業界では、自社が開発した技術をできるだけ多く標準として採用してもらえるかが重要となる。Ericssonは6月、NTTドコモと共同で5Gテストベッドとして初めて5Gのライブ無線デモを本社で行った。15GHz帯を利用し、速度は5Gbpsを実現している。取材後に見せてもらったデモでは6Gbps前後を達成していた。
5Gで重要になる4つのポイント
5Gが実現するネットワーク社会とはどのようなものなのか? Mazur氏は「端末」「サービス」「ネットワーク」「クラウド」の4つが重要な構成要素とする。
1つ目の端末は、スマートフォンやタブレットにとどまらず、家電、車、ロボットなど実にさまざまなものを含む。「接続するとメリットがあるものはすべて」という。
2つ目のサービスは、遠隔医療、トラフィックシステムなどわれわれが接するものだけでなく、企業や産業用まで新しいサービスがたくさん創出されるとみる。
3つ目のネットワークは、1と2を支えるもので、LTE、そして5Gが当面の技術となる。自動運転カーなど安全に影響するものもあり、信頼性が重要なものには優先順位を高くするなど、ネットワーク側が端末とサービスを理解し、適切な性能を割り当てられることが重要になるという。
4つ目のクラウドは、ネットワーク業界には新しいトレンドとなる。ユーザーがネットワークを経由してアクセスするクラウドサービスはもちろん、ネットワークそのものでもクラウドの利用が進む。
「ネットワークの中に分散されたクラウド環境を持つことで、機能を分散した形で実行できる」とMazur氏。例として、「遅延が許されないサービスは、端末の近くで機能を実行する必要がある。信頼性が重要な場合はネットワークの中心で実行する必要がある」とし、このような柔軟性をクラウドの利用により得られるとした。
クラウド環境では“制御、強調、管理”が重要に
分散されたクラウド環境を実装するにあたって、Mazur氏は3つの重要な要素を挙げた。1つ目は、ネットワーク、デバイス、サービスなどの制御、協調、管理だ。「(ネットワークが)これまで以上に複雑になるため、ビッグデータ分析、マシン学習などの技術を利用して、運用をできるだけシンプルに、低コストにする必要がある」と説明する。サブスクリプション管理ができていれば、自宅以外の場所で電気自動車の充電をしても電力会社からの請求が自分のところに来る、といったことが可能になる。「請求や課金もモバイルになる」とMazur氏。
2つ目のセキュリティは引き続きの課題となる。「すべてが接続されているということは、データやインテリジェンスがネットワークの中にあるということ。傍受されないためには、ネットワーク内のデータにアクセスできない仕組みが必要だ」という。異なるアプリを同じ環境で実行しない、などが対策として考えられるという。
3つ目は持続性だ。消費電力が低いネットワークを実現するために、スマートなリソース割当などの技術を盛り込む必要があるという。これに加えて、「社会貢献としてのネットワーク」も強調する。
米フィラデルフィアの“スマートゴミ箱”が5Gのヒントに?
Mazur氏はモバイルブロードバンドの将来像を「商品を購入すると物理的な商品が送られるのではなく、データが届き、3Dプリンターで印刷するような世界」と予想する。このような通信がライフスタイルを変える例として、同氏は米フィラデルフィアのゴミ収集でセンサーが利用されている事例を紹介した。ゴミ収集車は決められた日に回収するが、すべてのゴミ箱がいっぱいとは限らない。そこで市は公共のゴミ箱にセンサーをつけ、いっぱいになったら知らせるシステムを構築した。これにより収集車が無駄に回る必要がなくなったという。
Mazur氏はフィラデルフィアのゴミ収集、信頼性が最優先の自動運転カー、低消費電力が重要となるスマートメーターなど、さまざまなユースケース(利用例)こそ、5Gの要件策定にあたって重要になるとみる。「アナログ(1G)、デジタル(2G)、モバイルブロードバンドの始まり(3G)、モバイルブロードバンドの土台(4G)」と進化を位置づけ、「5Gでは何でも、どこでも、いつでも、誰とでも――とネットワークのアクセスが無制限になる。このような潜在性の高いネットワークをどのように利用するのか、そのユースケースは4Gから大きく変わる」(Mazur氏)
2020年に5Gの商用サービスは実現する?
5Gは今どの段階にあるのだろうか。先述のMETISは欧州の取り組みだが、北米、中国、日本、韓国と地域別に研究が進んでおり、Ericssonはこれらすべてに参加している。標準化はこれまでと同じステップをたどり、ITU(国際電気通信連合)が要件を決定、それに対して各社が候補となる技術を提出、これを評価してどの技術を採用するかを決定し、仕様策定となる。2015年の世界無線通信会議(WRC)で6GHz帯以下の低周波数帯について割当の議論が行われ、2019年のWRCでそれ以上の高い周波数帯について話し合われる予定だという。現在の見通しでは要件の確定は2017年、「このころには5Gがどのようなものか分かってくるだろう」とMazur氏は言う。現在の予想では、商用化は2020年とみられている。
Mazur氏が強調するのは「5Gは独立したものではない」ということ。5Gで話し合われている機能は、現行の4Gにも入ってくることになる。クラウドについても、コンセプト実験が始まっているネットワーク機能の仮想化(NFV)など取り組みがはじまっている。
「4Gはスマートフォンとタブレットでの利用に十分な機能を提供した。5Gはこれを超えたところにメリットをもたらす」とMuzur氏。モバイル端末利用者のみが利用していたモバイルネットワークだが、社会インフラとしてのモバイル網の実現が近づきつつあるといえそうだ。2020年には日本で5Gがスタートするのだろうか。同氏は「可能性はあるし、オペレーターはそれを目指しているだろう」と述べた。
将来のネットワーク構想。幅広い帯域を利用し、LTEのようなライセンスされたネットワーク、Wi-Fiのようにライセンスのないネットワークなど、さまざまなネットワークが使われる。画面左から、端末が別の端末と接続してネットワークの性能を上げるマルチホップ、ネットワーク障害時でも端末間が直接やり取りできるデバイス間通信、工場などで要求される高信頼性ネットワーク、大規模なマシン間通信、車両間や車両と道路管制がつながる交通向け、屋内での超高密度実装。これらが混在して“ネットワーク社会”を実現する
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