可能性は無限大、競争ではなく“共創”を――田嶋氏が語る ソニーのウェアラブル戦略:ウェアラブルEXPO
「私ども1企業や1プレーヤーにはとても手に負えるような領域ではない」――。とソニーの田嶋氏が話すように、ウェアラブルの領域は多岐に渡る。そこでソニーが掲げるのが「Co-Creation(共創)」。パートナーと協業することで、この市場を拡大させる狙いだ。
スマートフォンの普及に伴い、体に装着するウェアラブル機器が世界中で多数登場している。この分野で積極的に商品を投入しているのが、ソニー/ソニーモバイルコミュニケーションズだ。ウォッチ型の「SmartWatch」やリストバンド型の「SmartBand」を発売し、グラス型の製品「SmartEyglass」「SmartEyeglass Attach!」の投入も予定している。行動履歴を記録する独自アプリ「Lifelog」も開発し、ハードとソフトを連携させた新しい楽しみ方を提案している。
ソニーはなぜウェアラブルに着目し、どのような戦略で商品を開発していくのか。1月14日に開催された「ウェアラブルEXPO」の基調講演で、ソニーモバイルコミュニケーションズ シニアバイスプレジデント、ソニー UX・商品戦略本部 企画運営部門 部門長の田嶋知一氏が語った。
スマートウェアで人間の能力を拡張させたい
田嶋氏は「昨年(2014年)春からウェアラブルの領域に挑戦を始めて、世界市場に向けて商品やサービスを投入してきた。約1年弱たつが、『やってよかったな』と強く感じている」と振り返り、「ウェアラブルの領域が本当に膨大で、ほぼ無限といっていいくらいの可能性を持っている」と期待を寄せる。
一方で、ウェアラブルの分野は商品ジャンルが多岐に渡ることから、「私ども1企業や1プレーヤーにはとても手に負えるようなサイズではない」(田嶋氏)とも実感している。そこでソニーが提唱するのが「Co-Creation(共創)」という考え。「ウェアラブルの膨大な事業機会をものにするには、今までのような競争ではなく、共に作るしか手がない。世界中のさまざまな分野のプレーヤーが知恵を出し合って、力を合わせて、ユーザーの潜在需要を掘り起こして市場を作っていく必要がある」(田嶋氏)
ソニーモバイルはXperiaブランドのスマートフォンを展開しており、このスマートフォンを起点にして、新しい“ライフエンターテインメント”を作っていく構え。「汎用性の高いスマートフォンに専用性の高い機器やサービスを補完的に加えることで、新しい体験を生み出したい」と田嶋氏は狙いを話す。こうした試みをソニーは「スマートウェアエクスペリエンス」と呼んでおり、2014年春から製品にも取り入れてきた。
その中で目指すのが「人間の能力を拡張すること」。「あたかも脳や体の延長された部分であるかのような商品や体験を作りたい」と田嶋氏は意気込む。
目指すユーザー体験は「上を向いて歩こう」
ソニーがウェアラブルで実現したいユーザー体験は「Look Up UX(上を見るUX)」だという。「従来のスマートフォンは画面のGUIをタッチするというインタフェースなので、どうしても下を向いて操作、閲覧をするという状況になる。世の中みんな下を向いている風景は、決して素敵なものではないと思うので、それを解決したい」と田嶋氏は語る。具体的には、音声やジェスチャーなど新しい操作法を編み出して、人間の感覚機能が集中している「頭」周りのソリューションを見出していくという。
新しい世代がトレンドリーダーに、新興国の台頭にも注目
ソニーでは毎年、デザイナーやクリエーターがユーザーの生み出す社会動向やライフスタイルを分析し、トレンドを見出し、自分たちのクリエーションに反映させる「Design Intelligence」という活動を行っている。その中で見えてきた動きは、生まれたときからデジタル機器に囲まれてきた若い世代が、今後トレンドを作っていくこと。また2050年には総人口の2割以上を占めるといわれているシニア世代(ソニーは「ニューシニア」と呼ぶ)の存在も見逃せない。
また、2050年には7割以上が都市部に集中して住むことが予想され、ソニーはアジアやアフリカ市場の台頭も注目している。「ライフスタイルトレンドといえば、先進国発というのが今までの常識だったが、例えばセルフィー撮影のように、新興国発のトレンドがこれからどんどん出てくるだろう」(田嶋氏)
上記を踏まえ、ソニーは「世界中の人々がつながっていることを意識すること」「課題を克服するために協力が必要なこと」「その協力関係の中では男女の役割という先入観にとらわれないこと」「人間行動を理解すること(ヒューマンセントリック)」が重要だと考える。
ユーザーの状況を理解して次の行動を推測する
ソニーが掲げるライフエンターテインメントを実現するうえで重要になる要素が「センサーで正確に生体情報や環境情報を取ること」「インプット/アウトプットする際のインタフェース」「ウェアラブル機器をクラウドにつなげる環境」「サイズや軽さ」「耐久性の向上」「スタミナや電源容量の向上」の6つ。これらは、まだ改善する余地があるということだ。
なかでもソニーが得意とするのが、ユーザーの状況を理解して次の行動を推測する「コンテンツ・アウェアネス」と呼ばれる領域だ。これはソニーコンピューター・サイエンス研究所のブライアン・クラークソン研究員が、加速度センサー、カメラ、マイクなど各種センサーの入った大きなバックパックを100日間背負い続けて生活し、人間行動パターンのデータを取ったことが始まりだという。ソニーの犬型ロボット「AIBO」が充電台に自分で戻るための自己位置推定技術も、コンテンツ・アウェアネスによるものだ。「仕事、休憩、食事などの行動の認識、社会の集団動向まで理解することを目指している」(田嶋氏)
ウェアラブルの課題と解決策
SmartWatchやSmartBandの利用者からのフィードバックでは、ウェアラブルの課題が浮き彫りになった。その内容は「活動データが自分の生活にどういう意味があるのかが分からないと価値がない」「装着している姿が恥ずかしい」「ファッション性が低い」「個人データの安全性が心配」「設定や閲覧の操作がまだまだ煩雑」「機能の進化がないと、使っていると飽きてしまう」というものだ。田嶋氏は「まだまだユーザーにとって明確なユースケースや価値を提示できていない」とみる。
この“明確なユースケース”を意識して開発したのが、グリップに装着してテニススイングを解析する「Smart Tennis sensor」だ。2015 CESで発表したランニング・トレーニング用のイヤフォン「Smart B-Trainer」も、ランナーをターゲットにしたものだ。
異業種との協業も積極的に進める
スマートフォンと連携するにはアプリケーションの拡張も見逃せない。2015 CESではLifelogアプリのAPIを公開し、SDKを用意することを発表。Lifelogで取った行動履歴のデータをユーザーの許諾に基づき、クラウド経由でパートナー企業に提供し、各パートナーが独自のサービスを提供できるようにする。「ソニーだけでは到底実現できないような、幅広いユースケースをカバーできると考えている」と田嶋氏は期待を寄せる。
Lifelogアプリについては、すでに3社との協業が決まっている。米IF This Then Thatとは、タスク自動化アプリのレシピとLifelogを連携させる。フランスの健康家電機器Withingsとは、体重、体脂肪率、BMIデータをLifelog上で表示できるようにする。米Habit Monsterとは、ゲーム型健康習慣促進アプリとLifelogを連携させる。
SmartWatch 3と異業種とのコラボレーションも積極的に進めている。2015 CESでは「Golfshot」「iFit」との協業を発表。SmartWatch 3の自立型GPS機能を生かし、スマートフォンを使わずにゴルフコースやランニングコースの情報を閲覧できるアプリが開発されている。商品化は未定ながら、RCカーやポケット戦車を操作したり、車両情報をSmartWatch 3に表示させたりできるアプリもサードパーティが試作している。
また、通信やセンサー部分を担う「コア」を取り外せるSmartBandでは、他メーカーやブランドがさまざまなデザインのバンドを手がけており、ファッション性の拡張に貢献している。
「ウェアラブル領域の可能性は膨大。共に協力して新しい産業を創り出したい。新産業の創造に少しでも貢献できればとソニーグループは考えている」(田嶋氏)
「ウェアラブルって言われても、何に使うか分からない」――と感じている人も、メーカーやコンテンツプロバイダーが明確な利用シーンを提案し、細かなニーズに対応していくことで、利用者のすそ野が広がることが期待される。「スマホの情報を通知する」「活動量を計測する」機能が主流である現行ウェアラブル機器の枠を超えた、そして我々が想像もしないような新しい機器が今後さらに登場しそうだ。
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