危うくデマ発生? 中学生が体験した災害時スマホ活用の難しさ
KDDIが兵庫県たつの市の中学校でスマホを使った避難訓練を開催。メッセンジャーのやりとりを通じて、情報を入手し、安全な避難所を目指した。
東日本大震災の発生から間もなく5年。大規模災害時の安否確認や被災状況の手段として、スマートフォンや携帯電話への期待はますます高まっている。SNSやメッセンジャーなどのサービスを、防災あるい減災に活用することも広く浸透してきた。
震災後も大雨や台風、雪害など、激しい自然災害は度々起こっており、また太平洋岸全域での被害が予想されている南海トラフ地震も近く発生すると見られている。こうした中、次世代を担う青少年のネットリテラシー教育に、スマホやケータイを使った防災教育を生かそうという動きが出てきている。
KDDIとKDDI研究所は2月14日、兵庫県たつの市立龍野東中学校と共同で、スマートフォンを活用した親子の防災訓練を実施した。KDDIグループは2005年からCSRの一環として全国の学校で「KDDIケータイ教室 安心・安全講座」を開催し、青少年の情報モラル教育に取り組んでいる。携帯電話やスマートフォンのリスクを正しく学び、賢く使いこなしてもらうのが目的だ。2015年度は3800回行われる予定で、10年間では約1万7000回、のべ306万人が受講したという。
たつの市がある兵庫県内では、兵庫県警と兵庫県立大学ソーシャルメディア研究会と連携し、地域が一体となった啓発活動を展開。KDDIが持つ最新のトラブル予防法に加え、警察による地域に即したトラブルの事例と相談窓口をレクチャーするなど、産官学の強みを生かしたケータイ教室を行ってきた。
昨今はスマホの使いすぎやネットいじめを防ぐだけでなく、情報の伝え方や円滑なコミュニケーションを学んだり、社会の一員として特に災害時にスマホをどう活用するのか考えるといった、実践的な内容へのニーズが高まっている。
そこでKDDIは、より実践的なケータイ・スマホ教室を目指し、岡山県の総社市立総社西中学校や山梨県の都留興譲館高校で基礎研究と実証研究を進めてきた。さらに今回は、スマホの使い方やリテラシーの向上に加え、防災教育と情報モラル教育を体験的に身に付けてもらおうというのが狙いだ。
訓練は、課外授業中に地震が発生して上流のダムが決壊し、1時間後には水害に巻き込まれるというシーンを想定。生徒らには被災状況が書かれた「情報カード」が配られるが、この内容だけでは安全な避難所まで移動できない。またその内容は全て事実だが、避難には特に必要ない情報や説明が長く冗長な表現もある。20分という制限時間の中でそれを読み解き、グループのなかで共有、そして家族と簡潔にやりとりしながら安全な経路を組み立てなければならない。
この訓練がユニークなのは、自分が安全が避難するだけなく、スマホを使って家族の安全も確保しようという点だ。目の前で起こっている状況だけでなく、メッセンジャーから流れてくる離れた場所の様子をまとめ、家族に正しい避難経路を伝える必要がある。さらに、単に情報を求めるだけでなく、他社の助けになる情報を共有し、また相手のことを配慮した表現を心掛けなければならない。
訓練はゲーム感覚で進み、終始和やかな雰囲気で進んだ。参加した生徒は全員が無事に避難所までの経路を確認でき、また8割近くがほかの家族の行き先も確認できていた。学校周辺のよく知るエリアを舞台にしているとはいえ、限られた時間と情報のなか、恐らく大人でも大変な情報のやりとりを行う姿には頼もしさも見えた。
「今日は落ち着いてできましたが、災害時に慌てずに同じことができるか不安」「スマホを使う意識が変わりました。分かりやすい言葉で使えること、情報をまとめる難しさを感じました」と感想を語ってくれた、生徒代表の山本君と寺田さん
しかし、やりとりされた情報の中で、あやうくデマが発生しかねない一幕もあった。「……らしい」「……のようだ」といった未確定の情報が、いつのまにか断定調で伝ってしまったのだ。訓練後にこのことを伝えられた生徒らは、緊急時に正しく情報を伝えることの難しさを痛感していた。
KDDIらと実践的なケータイ教室を研究し、今回の訓練を指導する中部大学の三島浩路教授によると、ほかの実験でもこうした出来事は珍しくないという。まったくの善意による情報提供にもかかわらず、デマは発生しうる。また入手した情報がさらに不明確であったり、そもそも間違っていると、その傾向はもっと強まると指摘した。
なお今回の訓練では、KDDIが用意したスマホを教室内のWi-Fi環境のみで使用。メッセンジャーもLINEに似たオープンソースのアプリ「SPIKA」をKDDI研究所がカスタマイズして利用した。ネットやLINEを利用できると、訓練に支障がでるためだ。
功罪の功に光を当てる動き しかしスマホ活用には親子で意識差も
今回の訓練はスマホのメッセンジャーを使う点に注力しており、音声通話や地図アプリ、カメラなどは使われていない。これは、スマホを使ったコミュニケーションがLINEやTwitterといったテキスト中心という実態に即したものだ。研究のため、あまり複雑な要素を持ち込めないという面もあるという。そのため、参加した生徒と保護者は、テキストメッセージと手元の地図を頼りに避難場所を目指した。
龍野東中学校の福田秀樹校長は、「過去のケータイ・スマホ教育は、使いすぎやネットのトラブルなど、功罪の罪の部分を訴えてきた」と振り返る。今でも学校への持ち込みは禁止だが、「2年生の半数は自宅などで利用しているうえ、今後社会にでれば、確実に全員がスマホユーザーになるだろう。今から功罪の功に光を当て、正しいスマホの使い方を身に付けて欲しい」と狙いを語った。
たつの市の中本敏郎教育長も、「スマホやケータイの教育というと、いじめや仲間はずれなどマイナス面ばかりが撮り沙汰されてきた。これを『プラス面で生かしていけないものか』という提案がKDDIからあり、本来持っているメリットを生かせるならばと、今回の実践授業と訓練に至った」と明かす。「今は生徒たちだけのスマホの世界を、家族に、そして地域に広げて、災害時に自助だけでなく公助の動きになるようにつなげていきたい」というのが今後の展望だ。
訓練では、スマホに対する生徒と親世代の考え方の違いも見て取れた。参加した生徒のなかで自分専用のスマホを持っているのは約半分。持っていなくても、親や家族のスマホを借りる、あるいは友達のスマホを使うなどして、ほぼ全ての生徒がスマホの利用経験がある。「スマホを持っていないはずなのに、なぜか子供が迷わずスマホを操作していた……」と困惑する保護者や、自宅で禁止しているスマホを活用する取り組みに複雑な思いを抱く保護者の姿もあった。
青少年の情報リテラシー教育の在り方、そして防災への活用には、まだまだ手探りの状態が続くだろう。しかし、その重要性が日々高まっているのは間違いない。
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