ドコモら、空飛ぶ基地局「HAPS」で直径100キロをエリア化 26年商用化を目指すも、実現には課題も
NTTドコモなど4社は無人航空機で携帯電話網をカバーする「HAPS」の商用サービスを2026年に日本国内で開始する方針を示した。実現すれば、HAPSの商用展開として世界初の事例となる。
NTTドコモとSpace Compass、AALTO HAPS、エアバス・ディフェンス&スペースは無人航空機で携帯電話網をカバーする「HAPS」の商用サービスを2026年に日本国内で開始する方針を示した。実現すれば、HAPSの商用展開として世界初の事例となる。
HAPS(高高度プラットフォーム)は、グライダーのような軽量な飛行機を雲のない成層圏に滞空させ続けて、通信サービスや地上観測サービスを提供するシステムだ。
NTTドコモはHAPSの実現にあたり、NTTとスカパーJSATの合弁会社であるSpace Compassと協力。無人航空機の機体開発と運航パートナーとして、エアバス子会社のAALTOと提携している。
今回の発表に合わせて、AALTOに対してドコモとSpace Compassが出資をすると発表している。みずほ銀行と日本政策投資銀行が参画するコンソーシアムを通じた出資となる。出資総額は最大1億ドルを見込んでおり、所定の条件の達成と規制当局の認可を前提として実施される。
左から、Space Compassの堀茂弘Co-CEO、AALTOのSamer Halawi(サマー・ハラウィ)CEO、NTTドコモ 執行役員 ネットワーク部長の引馬章裕氏、Space Compassの松藤浩一郎Co-CEO
高度20キロを周回飛行、直径100キロをエリア化
HAPSは翼が大きなグライダーのような無人航空機だ。AALTOが開発したZephyr(ゼファー)は横幅は25メートルと旅客機並みにあるが、重量は人間1人と同じ程度の75kgと軽い。通信機器や観測機器などのペイロードを載せて、高度20キロの成層圏を飛行する。
HAPSは成層圏において、太陽光パネルからの電力供給を受けることで、昼夜を問わず飛び続けることが可能だ。ゆったりとした旋回飛行を繰り返しながら、1箇所に滞空することができる。
HAPSは携帯電話の基地局として運用できる。ドコモらの実証実験によると、携帯基地局のリピーター装置を搭載して、100キロ圏内をカバーできるという。例えば富山湾上空にHAPS一基を飛ばすと、能登半島エリア一帯に携帯電話サービスを提供できることになる。
同様の空から携帯エリア化するシステムとして、Starlinkに代表される低軌道衛星(LEO)がある。HAPSはLEOよりも低い高度を飛ぶため、アンテナが小さいスマホとの直接通信でもより高速な通信サービスが提供できる。地上の基地局につないでいるのと変わらない感覚で利用できるという。
これにより、例えば携帯電話エリアの整備が困難な山間部や離島などに通信サービスを提供しやすくなる。また、大規模な地震が起こった際に、地上の基地局が復旧するまでの初期対応としてHAPSが活用できる。
HAPSには技術的・制度的課題も残る
HAPSは6Gにおける上空からの通信サービスの典型例といえるが、実用化に当たっては技術面と制度面からの課題が残っている。
技術面では、緯度が高い地域では終日の飛行が難しいという課題がある。ドコモが導入するAALTOの機体の場合は、「日本の南半分では通年飛行できる」とする。つまり、おおむね北緯35度未満であれば、1年中HAPSを運行し続けることができるが、それより北の地域では夏期のみ通年の飛行が可能という状態だ。
なぜそうなるのか。HAPSは太陽光発電を動力源として、機体の揚力を得る仕組みとなっている。グライダーのように旋回飛行するため、徐々に高度が落ちるが、太陽光発電で得たエネルギーを使って高度を上げるため、終日飛行できるという仕組みだ。
1日における滞空時間の他に、内蔵のリチウムイオン電池の劣化という別の制約もある。バッテリー交換のために、数カ月に一度降下する必要がある。AALTOの機体の場合は、63日間の滞空を実現している。こうした技術的な制約から、日本では南日本から徐々に展開を広げていき、2030年頃に北海道を含む全国への拡大を目指す。
もう1つは制度上の制約だ。無人飛行機を飛ばすためには航空法に基づく型式認証・機体認証を得る必要があり、そこから基地局の電波を発射するためには電波法に基づく認証と周波数免許の獲得が必要となる。
機体の認証を得る上で、AALTOがエアバス子会社として長年研究開発を続けてきた点に優位性があるという。AALTOは英国や欧州、米国の航空当局への認証に向けて調整を続けており、日本ではSpace Compassを通して国土交通省と調整を続けている。
HAPSの無線通信システムについては国際標準の策定が完了しており、日本での周波数割り当てを待つ状況となっている。技術面の課題が解消したとしても、制度面ではこれらの認可認証がスムーズに進む必要がある。提供開始時期は2026年より先になる可能性も十分に見込まれるだろう。
ドコモは法人向けから展開、グローバル販売も視野
NTTドコモはHAPSを活用した通信システムについて、まずは法人向けサービスから導入する。その後、コンシューマー向けサービスへの展開を進める。
将来的には、HAPSサービスのグローバル展開も目指す。ドコモは携帯キャリア向けのO-RANサービスを「OREX」というブランドで新興国の携帯キャリア向けに外販しているが、HAPSでも同様の通信システムとして運用ノウハウを含めた外販を行う方針だ。
ただし、HAPSの事業規模については「マチュア(未熟)な段階にある技術で、マーケットのことを語る段階にはない」(堀氏)とする。
HAPSをインフラとして販売する考えも
6Gに向けた高高度・宇宙空間の活用については、携帯キャリア各社がそれぞれに取り組みを行っている。
KDDIは米SpaceXと提携し、衛星コンステレーションを携帯基地局のバックホール回線として活用している。楽天モバイルは米AST SpaceMobileと提携し、静止衛星からの通信サービスの商用化を目指している。
ソフトバンクは、HAPSの要素技術開発を進めており、通信システムの自前での構築に挑んでいる。ソフトバンクのSunglider(サングライダー)はZephyrの3倍程度の大きさがある大型の無人航空機だ。ソフトバンクはHAPSについて「2027年度までの商用化実現に向けた要素技術の開発に取り組んでいる」(ソフトバンク広報)としている。
現在は各キャリアが競うように取り組んでいる状況だが、NTTは協力の道も模索している。Space Compassの堀氏は「ドコモだけのサービスに閉じることなく、光回線サービスのように複数の接続事業者に提供する形になったら理想的だ」と展望を示した。
NTTの宇宙事業が「NTT C89」というブランドに
HAPSの展開とあわせて、NTT(持ち株)は、宇宙関連事業の新ブランド「NTT C89(シーエイティナイン)」を発表した。
「NTT C89」は、NTTグループが展開する多数の宇宙関連事業を総称するブランドとなる。NTT本体は静止衛星(GEO)事業を手掛けており、衛星の長寿命化に向けた技術開発を進めている。また、NTTデータでは観測衛星を用いたデジタル地図作成サービスを展開している。
そして、NTTドコモとSpace CompassのHAPSも宇宙関連事業に含まれることになる。
NTTの宇宙事業全体の売上高は、現在は数十億円の規模だ。NTTの島田明社長は、2033年度までに1000億円の規模を目指すという目標を掲げた。
低軌道衛星ではAmazonとも提携
NTTグループでは低軌道衛星(LEO)において、AmazonのProject Kuiperの事業展開に協力している。日本では2024年内に2基の衛星を打ち上げる実証実験を展開する。
島田氏は希望として「できれば2026年には商用サービスを開始したい」と説明した。
なお、NTTグループではSpaceXのStarlinkサービスを扱う提携提携関係にあるが、Amazon Project Kuiperとはより深い協力関係にあるとしている。
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