小寺信良の現象試考
アナログ停波までに片付けねばならない5つの課題(3/3 ページ)
停波実験の必要性
放送というのは、単に家で番組が見られる、見られないの問題ではないかもしれない。もしかしたらNHKの時報放送を利用して、時刻合わせをしているシステムもないとは言い切れない。とにかく50年間変わらなかったものを止めるのだから、どれぐらいの公共機関や設備で利用されているのかも含めて、社会に与える影響がいまだ不明だ。
来年は米国が停波するので、ある程度のデータは集まると期待する人もあるだろう。しかし元々米国は、電波での直接視聴はほとんどない。ケーブルテレビ経由の視聴が大半なのだが、ケーブルテレビはデジタル放送を受けてD/A変換し、アナログのままで送信するところも少なくないので、実際にコンテンツやインフラ、受信設備のフルデジタル化というパラダイムシフトは、米国では起こらないという見方もできる。その点で日本の事情とは、比較できない。
したがって日本では、3年後にいきなり全面停波するのではなく、どこかのモデル都市や地域でアナログ停波実験を行ない、その影響のデータを収集すべきだろう。そこで問題が出れば、対策が打てる期間が必要だ。そう考えると、早ければ来年、遅くても2010年7月までに、大規模な停波実験を行なうべきである。
また、予算やシステムの都合で早急に改修が難しいところもあるだろう。そういうところ向けに、ケーブルテレビは停波後半年から1年ぐらい、アナログ変換した配信を行なうなどの対策は必要だ。
受信コストの計算と補助
最後にもっとも大きな問題が、デジタル放送受信にかかるコストである。今、地デジ用のアンテナを設置すると、電気店の工事でだいたい3万5000円の費用がかかるそうだ。ただしそれは本当にただアンテナを立てるだけで、分配数が多ければブースターを付けたり、分配器を付けたりするわけだから、すぐ4~5万円になる。
しかも一度立てたら終わりではない。2012年に電波出力開始と言われている新東京タワーができたら、今度はそちらへアンテナを向け直さなければならない。普通の人がRF測定器を持って屋根に登って方向を合わせるなどということはできないから、やはり工事を頼むことになる。そうなればまた2~3万円の費用がかかるだろう。
一方多くのケーブルテレビは、これまでアナログ放送は難視聴対策として、無料で再送信を行なってきた。しかしデジタル放送の伝送には当然インフラコストがかかっており、無償でのパススルー伝送は経営的に難しいだろう。現状ではデジタル放送受信サービスに加入しなければならず、なんらかの別の放送サービスと抱き合わせで月4~5千円の費用がかかる。
仮にIP再送信が全面解禁になったとしよう。光ファイバーを使った受信も、Bフレッツへの使用料がかかる。NTT東日本の場合は、マンションタイプで2500円+消費税、戸建てでは5000円+消費税がかかる。通信のサービスも利用できるとはいえ、コスト的にはケーブルテレビと大差ない。そもそも毎月受信コストとして5000円払えるぐらいならば、5000円チューナーの話などは元々必要ないのである。
日本という国は、すでにアナログ停波した国々に比べて、映像コンテンツに関しては放送への依存度が高い。それだけネットに映像が乗ることを牽制してきた結果でもあるが、今度は逆にそれが自身の首を絞めつつある。
先日のICPFシンポジウムで明らかになったのは、デジタル放送の中継局は今全国に約2000局あり、これで人口の約93%がカバーできている。だが現在カバーできていない残り7%の世帯のために、あと中継局を9500局も作らなければならないという現実だ。これらの費用は、NHKと民放局の負担である。
つまり山間部や過疎地域などに放送を届けるためには、電波を使うと加速度的に効率が悪くなるということである。それならばもはや無理に地上波の電波ではなく、今すぐ別の方法に切り替えた方がいいのではないか。
衛星を利用する手は、すでに検討されている。だが元々これら山間部の難視聴区域は、農水省の主導でケーブルテレビの設置が進んでいる。それらの既存インフラを改修して利用すれば話は早い。さらにケーブルテレビの原点に戻って、いわゆる共聴設備を作ってワイヤードで伝送することを考えてもいい。少なくとも1本1億~10億円かけて鉄塔を建てて回るより、安く上がるだろう。
総務省がなにか地方局に恨みがあって、こいつらを根絶やしにしたいと思っているのなら現状のまま進行すればいいが、通信側のインフラを間借りするとか、どう考えてももう少し頭のいいやり方というのがあるはずだ。
隅々まで届けたいのは、「ハイビジョン画質」ではない。そういうものはBlu-ray Discなどのパッケージで、物流でやればいい。放送が届けなければならないのは、あくまでもリアルタイムの「情報」であるはずだ。あと3年で100%品質を100%の世帯に届けようとすると、下手すれば死人が出る。今の地デジ行政は、何かを見誤っているような気がしてならない。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
こんなメディアも見られています
ITmedia NEWSに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
SpecialPR
本日の新着記事
アクセスランキング
-
1
タイムズカー漏えいで集団訴訟の動き、登録3000人弱 呼び掛けた弁護士に聞いた──「謝罪で済む案件ではない」
-
2
第一生命に不正アクセス 従業員情報12万人分漏えいか 退職者も対象
-
3
「Androidのマイナンバーカード」提供へ 20日から 物理カードなしでも本人確認など可能に
-
4
睡眠中に「ピンクノイズ」を聞くと“脳内ゴミ”の洗い流しが強まる? 米MITが人間で実験 Science系列誌で発表
-
5
「アバハウス」全顧客の情報漏えいか 会員・受注DBに不正アクセス 「不審な返金メール届いた」報告で判明
-
6
セイコーマート、会員のほぼ半数に当たる情報漏えい 約57万人分
-
7
靴のムーンスター、顧客情報漏えいの可能性 氏名や住所、注文情報など
-
8
ローソンのメールサーバが踏み台に、不審メール約70万件送信 件名「RE」など
-
9
免許証の悪用防ぐ届出集中、CIC・JICCで手続き遅延 タイムズカー情報流出直後に
-
10
免許証の悪用防止で申し込み集中 JICCがアプリ受付を一時休止 タイムズカー漏えいの影響か
ITmedia NEWS SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
ITmediaNEWSをフォロー
あなたにおすすめの記事PR