まつもとあつしの「アニメノミライ」
アニメを支える外国人材に“逆風” 日本在住の声優・アニメーターが抱く「不安の正体」とは(3/3 ページ)
スタジオが後押しした来日、そして「量より質を」――新人アニメーターの視点
ここまで見てきたジェーニャさんは、日本での活動が20年近くに及ぶベテランだ。一方、もう1人の取材対象であるユナ・ル・ルーゾさんは、フランス出身でアニメ制作スタジオM2(Netflixオリジナルアニメ『PLUTO』などで知られる)に所属する、来日してまだ7カ月のアニメーターである。同じ「外国人材」でありながら、その日本行きの経路は、ジェーニャさんとはまったく異なるものだった。フランスのアニメ学校を卒業後、その学校が日本のアニメスタジオとの連携を強化しようとしていたタイミングで、校長から複数のスタジオを紹介され、その1つであるスタジオM2への就職が決まったという。来日してから、まだ7カ月だ。
「自分1人で膨大な手続きをこなして日本へ行く勇気が、まだ足りなかったのかもしれません」。メールでの取材にユナさんはそう率直に振り返った。学校とスタジオという組織的な後押しがあったからこそ実現した来日だった。ビザや各種手続きについても「スタジオのサポートのおかげで、特に問題を感じたことはない」という。一方で、「日本のアプリは日本語設定しかなく、個人での手続きは難しく感じる」とも指摘する。例えば、行政手続きのオンライン申請などに使う「マイナポータル」は、メニュー画面など一部を除き英語表示に対応しておらず、実際の申請手続きは基本的に日本語のみで進める必要がある。こうした生活面での言語の壁は、多くの外国人材に共通する課題といえそうだ。
在留資格について、ユナさんはまだ具体的な不安を抱えるところまでは至っていないという。「SNSでビザに関する新しい法律や手数料の話題をよく見掛けるが、詳しくは調べられていない」と前置きしつつ、「もしビザが更新できなくても、フランスにも同水準のアニメ業界があるので、自分は幸運な立場だと思う。ただ、母国のアニメ産業がまだ発展していないために日本で働く他国籍のアニメーターにとっては、ビザ更新の不安はより深刻なのではないか」と語った。
「量より質を」――AIを巡る対照的なスタンス
ユナさん自身、日本語のやりとりで難しい部分は翻訳ツールを介することが多いと明かしており、AIは言葉の壁を越えるための心強い味方でもある。異国で働く外国人材にとって、AIは単なる業界のトレンドではなく、より切実な意味を持つ。その一方で、AIが自らの専門技能そのものを奪いかねないという脅威も、外国人材にはより重くのしかかる。恩恵と脅威、この両面性への向き合い方は、ジェーニャさんとユナさんとで対照的だった。
ジェーニャさんは、AIと敵対するのではなく共存していく、というスタンスを取る。自身も日常的にAIツールを活用しているといい、AI自体への忌避感はない。ニュースのナレーションのような仕事は今後AIに代替されていくだろうとしながらも、アニメの声優という仕事については見方が違うという。「せりふを正確に読み上げるだけなら、AIでもできるようになるかもしれません。でも、キャラクターに魂を乗せる部分は、人間にしかできないと思う」。
そのうえで、「コストを重視する案件はAIに、予算をかけられる作品は人間に、というすみ分けが進んでいくのではないか」と予想する。その根拠として挙げたのが、「新人にしかできない音」を大事にする日本のアニメ制作文化そのものだ。ベテランの技術ではなく、あえて経験の浅い新人ならではの、荒削りで一度きりの声や演技を評価し、起用する土壌が日本のアニメ現場にはある。「そういう『その人にしか出せない音』を求める文化がある限り、AIに簡単には置き換わらないと思うんです」。
それは、ジェーニャさん自身のキャリアにも重なる話だ。「私も日本語は完璧じゃない。でも、だからこそ私にしかできない演技がある。それはAIにはまねできない」。ネイティブではないことを弱みではなく、唯一無二の武器として捉え直す発想が、そこにはあった。
その背景には、ジェーニャさん自身が声優業と並行してロシア語の演技指導・監修という「もう1つの専門性」を長年培ってきたことがあるのかもしれない。『チェンソーマン レゼ篇』では、レゼが歌う劇中歌の発音指導を担当したほか、実写映画『THE NEXT GENERATION -パトレイバー-』シリーズのロシア語指導、『クジマ歌えば家ほろろ』でのロシア語監修・発音指導だけでなく、俳優への指導実績などもあるという。声優という仕事の一部がAIに置き換わったとしても、人に教える・伝えるという仕事は簡単には代替されない――そんな実感が、すみ分け論の根底にあるようだった。
一方、ユナさんが語る危機感は、また違った角度から向けられている。
「アニメ業界は生産ペースを落とし、質を高めるべきだと思う。AIは創出しているのではなく、既存のものを再現しているにすぎない」。ユナさんはそう言い切る。AIが利用するデータセンターが環境に与える負荷にも触れながら、「人間はトレンドに乗る癖がある。そもそも、トレンドやステレオタイプを再現していない作品を生み出すことの方がよっぽど難しい」と指摘する。アニメ業界の生産ペースが年々速くなり、世間からの期待も高まる中で、その変化に適応するためにAIを使えば、アニメーターの仕事はさらに独創性を失っていくのではないか――そんな懸念だ。
そのうえでユナさんが引き合いに出したのが、米Disneyが手描きアニメーションから3Dアニメーションへ移行した際の歴史だ。「たった数十年で手描きアニメーションの技術力は大きく失われ、新旧のアニメーター間で技術の引き継ぎがされなくなった」。同じことが生成AIでも起きかねないと、ユナさんは訴える。「アニメーションはアートであり、貴重な文化遺産の1つ。技術力が失われ、技能の伝承がなくなれば、早く消えていくと思う」。アニメーターとして仕事を志す人は世界に大勢いるのに、その受け皿となる仕事自体が失われていくとしたら、AIは長期的に見て誰の利益になるのか――「これまでAIは、アニメーターや観客のためではなく、業界の経済的利益を優先するために使われてきたと思う」というのが、ユナさんの率直な見立てだった。
「選ばれる国」であり続けるために
アニメーターや声優という仕事は、個人の才能や技能にひもづいているだけでなく、その一人一人の存在が日本のアニメ産業そのものを支えてくれている。とりわけアニメーターの人手不足は、業界内で長らく指摘されてきた課題だ。帝国データバンクの調査でも、国内の人材不足に加え、円安を背景に海外への外注単価まで高騰し、多くの制作会社の収益を圧迫している実態が指摘されている(※1)。もはや国内の人材だけでは、今の制作本数・クオリティを支えきれなくなっているのが実情であり、海外人材の存在は「あれば助かる」ものではなく、産業を維持するうえで欠かせない前提になりつつある。
そうした中で、歴史的な円安という経済的には決して有利とはいえない状況にもかかわらず、日本のアニメに関わりたいという熱意だけを頼りに海を渡ってきてくれる人材が、確かにいる。
実際、諸外国ではクリエイティブ人材の獲得を国家戦略として位置付け、専用のビザ制度を設けている例が少なくない。
こうした制度と比べると、日本の永住許可制度は依然として「一般的な在留」の枠組みの延長線上にあり、クリエイティブ人材を名指しで優遇する仕組みは見当たらない。手数料の値上げや要件の厳格化ばかりが先行する現状は、その方向とは逆を向いているように、筆者には見える。日本政府がコンテンツ産業を成長分野・基幹産業の1つと位置付けるのであれば、こうした貴重な外国人材を、むしろ積極的に優遇していくような政策があってもよいのではないか。クレジットに刻まれた名前の向こう側には、それぞれの覚悟と葛藤を抱えながら日本のアニメを支え続ける、一人一人の姿がある。
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