SFCの英知を結集した“バザール”は社会に何をもたらすのか

慶應義塾大学SFCでの研究成果を発表するイベント/研究発表「SFC ORF」が今年も東京・六本木で行われる。開催を前に、現在SFCが掲げるテーマの1つである「デザイン」について、金子郁容、山中俊治両教授が語った。

» 2012年11月09日 10時00分 公開
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 「学生は未来からの留学生」――。こうしたコンセプトを掲げて誕生した慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)。設立から22年が過ぎた今も、常に時代の先端を走り続けることを社会から求められている。1990年代にはIT分野の起業家を、2000年代後半から現在にかけては社会起業家(ソーシャル・アントレプレナー)を多数輩出するなど、時代に応じて世の中の潮流を作り出しているからにほかならない。

 これから先、SFCはどこへ向かって歩を進めていくのか。そのビジョンを探る上で決して見過ごすことのできないイベントが今年も開幕する。SFCで日夜取り組まれている最新研究の成果を11月22日、23日の2日間、都心に移して発表する「SFC Open Research Forum 2012」(主催:慶應義塾大学SFC研究所、開催地:東京ミッドタウン)である。

SFC研究所所長で、慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科の金子郁容教授 SFC研究所所長で、慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科の金子郁容教授

 今年のテーマは「知のBazaar」。これは、単なる展示会や研究発表会とは異なり、出展者、来場者を問わず、多様な人たちが自由に行き交う場と位置付け、そこで自生的に秩序が生成され、互いに知を持ち寄り、自発的に交易することで、新しい価値や可能性が生み出されていくことを目指している。そのコンセプトをより特徴的に表現しているのが、学生や教員による企画展示コーナーである。今年は、統一規格の展示ブースを設けず、区画の割り当てのみを行う。従って、100を超える出展者が自由な発想による発表スタイルで各々の展示空間を創出することが可能になるのだ。ORFの統括責任者を務める、SFC研究所所長の金子郁容教授は「こうした空間の中でどのような化学反応が起きるか、ぜひ来場者の方たちも参加し、一緒に体感してもらいたいです」と声を弾ませる。

 どのような展示があるのか。例えば、金子教授が研究代表をつとめる「グリーン社会ICTライフインフラ」プロジェクトが主催するオープンセッションでは、気候変動、スマートグリッド、健康に関する最新のデモンストレーションを実施する。例えば、患者が自ら装着できるホルター心電計(心電図を長時間継続して記録する装置)から送られてくる心電図データをリアルタイムでモニタリングし、専門医が、不整脈が認識されたケースと比較しながら説明をするなどのデモを行う。「通常は、心電図検査は病院まで赴いて行うものですが、小型センサや通信環境が進化した今、環境整備を行えば、自宅にいながら、リアルタイム、あるいは蓄積したデータを基に遠隔で医師のアドバイスを受けることが可能になるのです」と金子教授は話す。

 気候変動への適応も、スマートグリッドの活用も、健康医療も、できるだけ地域コミュニティーや当事者にとって“身近”な形で進めようという「ライフインフラ」の考え方に沿った一例であり、「まだ試験的な試みだが、本格的な運用が始まれば、患者にとっても医師にとっても安心感が増し、患者の負担も軽減されることが期待される」(金子教授)とのことだ。

必要なモノは自ら作り出す社会に

 現在のSFCでの教育・研究の方向性について考えたとき、その軸となるキーワードの1つが「デザイン」や「ものづくり」だという。そうした中、今回のORFにおいて“目玉”の1つとなるのが、田中浩也研究室による特別展示である。

 田中研究室では、工業製品など自分が必要なものを自分自身で作ることが可能になる社会のあり方、いわゆる「パーソナル・ファブリケーション」の考え方を、より社会に開かれた、コミュニティ指向、グループ指向、シェア指向の「ソーシャル・ファブリケーション」に進化させ、その実現のためのデザインツール、デザインマシン、デザインメソッドを用意し、社会とのインタラクションの中でのものづくりの実現を推進している。そのベースにあるのが、田中准教授が発起人となったFabLab Japanである。ここでは、大量生産や大量消費社会からの脱却をテーマに、3次元プリンタやカッティングマシンなどの工作機械を備えた、誰もが使えるオープンな市民制作工房と、アジアのハブとなる国際的なネットワークを構築しつつある。

 最先端のものづくりの場をSFCにも作りたいという思いで、キャンパス内に工房を建てた。その先には、大学キャンパスを出て、住民などの参加も可能にする地域の中にファブラボを設置する予定である。今回のORFの展示はその先駆けとなるものだ。「単に、SFCですごいものを作るというだけではなく、世の中のどこにでもものづくりできる環境を作ってしまおうということです」と金子教授は説明する。

「好奇心」からすべてがスタートした

 前年に引き続き、山中俊治研究室による「義足プロジェクト」も注目だ。山中教授は日本を代表するインダストリアルデザイナーで、JR東日本のICカード改札機システム「Suica」などをデザインしたことで知られる。その山中教授らがかかわる義足プロジェクトとは、ロンドンパラリンピックの陸上女子100メートル、200メートルおよび走り幅跳びに出場した高桑早生さん(総合政策学部2年)の陸上競技用義足を始めとする、様々な義足をデザインしているものである。

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科の山中俊治教授 慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科の山中俊治教授

 このプロジェクトをスタートした背景について、「トリガーとなったのは好奇心」だと山中教授は明かす。好奇心というのは真理への渇望であり、義足にかかわる人たちの気持ちなど、あらゆるものを真摯に知りたいという純粋な態度からきているものだ。逆に、義足を取り巻く環境は社会的に複雑な問題をはらんでおり、使命感だけで義足に携わろうとすることの方が難しく、長続きしないのではないかと山中教授は語る。

 「『興味を持ちました』というと失礼な印象があるかもしれませんが、自分が知らない世界だからこそ、純粋にゼロから知ろうという気持ちで向き合うことができるのは大切なことだと思います。このプロジェクトでも、学生とともにインターネット検索で『義足』と入力するところから始めたのです」(山中教授)

 今年のORFでは、義足および義手に加えて、スポーツウェアやロボット、宇宙船などを新たな視点でデザインし、展示する。「世の中にはまだデザインされていないものも数多くあります。そうした世界のものにデザインの考え方を導入し、プロトタイプとして世の中に訴えていきたいと考えています」と山中教授は力を込める。例えば、国立障害者リハビリテーションセンター、産業技術総合研究所などと協力して開発する、まったく手に見えないけれども、美しく、実用的な機能を備えた義手を発表する予定だ。

 実は、こうしたプロジェクトが迅速に実現できたのも、SFCならではの研究環境が大きく影響しているのだという。「私が義足の研究を始めたとき、すぐ身近にスポーツ工学の仰木裕嗣先生がいました。そのほかにも、何か新しいことに携わろうとしたとき、その専門家がキャンパス内にいるということが何度もありました」と山中教授は振り返る。

 「従来の大学では学問領域が明確に分かれていて、それぞれの専門的な人間を形成していくのが一般的でした。ただし、そうした専門家を育てるだけでは、現在の世の中のダイナミズムにはついていけません。物事の学び方は変化していて、まずは『これがやりたい』『こういうものがほしい』という意思が中心にあり、それに必要な知識を根を広げるように追いかけていくスタイルが主流になりつつあります」(山中教授)

 そうした点において、何かやりたいと思ったら、すぐに周囲にいる専門家に話を聞き、必要な知識をたぐり寄せることができるのがSFCの強みだといえるだろう。

SFCの取り組みは社会への適用が前提

 山中教授は、こうしたアプローチこそが、デザインの思考方法であると話す。明快な目標を立て、そこに向かって必要な知識や技能を幅広く集めていくという統合的な研究方法は、SFC創設以来の方法論であるが、まさに山中教授が考え、これまで培ってきたデザインそのものなのだという。

 実際、SFCにおいてデザインという言葉を使う教員も増えてきている。かつてのSFCにおけるデザインは、Webデザインやソフトデザインといったメディア領域に集中していたが、上述した田中准教授の活動に代表されるように、いよいよものづくりの方法が情報として流通し、それぞれの人のための製品が目の前に現れる社会が到来しようとする中、デザインはより広範で普遍的な活動になりつつある。

「もともとデザインとは、現実世界に適用し、社会に何らかの影響を与えることを大前提とした活動です。SFCもまた、たくさんのサイエンティストやアーティストが、常に社会への適用を考えています。SFCとデザインは本当に相性が良いのです」(山中教授)

「山中教授にはデザインを通じてSFCのあり方やORFの目指すテーマを体現していただいています。実際に、物事をデザインするというコンセプトは他分野も含めてSFCにおいても共有されているものです」と金子教授もうなずく。

大量生産からカスタマイズの時代に

 今後のデザインのあり方についてどう考えるか。山中教授によると、ここ十数年でデザインに対する意味合いが大きく変化してきたという。かつて、デザインは量産と結び付いており、デザイナーが考えた同じ形のものを世の中に広めることが良しとされていた。「大統領も市民も同じデザインの製品を使えることは素晴らしいというユートピア思想がありました」と山中教授は解説する。

 ユートピアを目指しながら、実は大量生産というのは、ある特定の集団の中の平均的な人々に対して標準的なものを提供することでしかなかった。そのスコープから外れた大多数の人々にとっては、自分が本当に欲しいものとはどこかずれているものを我慢して受け入れざるを得ないのが20世紀の社会だったという。

「ある意味、粗雑なユートピアでした。それが前世紀の終わりごろからさまざまなひずみがあらわになり、それを補完すべくユニバーサルデザイン、インクルーシブなどの考え方が登場し、マイノリティに目を向けようという動きが活発になってきたのです」(山中教授)

 そのような状況において、義足という本当に少数の個人にしかフィットしないものを、いかにシステムとして一般化できるかという点は、「パーソナル・ファブリケーション」とも連動して、今後のデザインを考える上での1つの試金石になるだろう。


 そのほかにも、今年のORFは目を見張るべきコンテンツが盛りだくさんだ。展示エリアとは別のフロアで行われる講演やセッションは2日間で実に40以上。内容も全国の自治体首長が一堂に会して議論する「全国自治体ICTサミット」や、竹中平蔵教授などによる「バブル後四半世紀を検証する」と題したパネルディスカッション、さらには、コラムニストアイドルの斉藤理真さんと批評家の濱野智史さんによる「ソーシャル×カルチャー×ロングテール」をテーマにした対談や、上述したパラリンピックに出場した高桑さんの講演など、扱うトピックスは多岐にわたる。まさに混沌とした、知のバザールと呼ぶにふさわしいだろう。

 「自由を尊重するバザールという形式が果たしてどのくらい成功するか、正直言って私たちにも分かりません。けれども、必ずうまくいくことなどやっても仕方ないと考えています」という金子教授の決意が示す通り、今年のORFはSFCにとっても大きな挑戦なのかもしれない。どのような結末が待っているのか、新たな歴史の証人として、ぜひ会場へ足を運んでみてはいかがだろうか。

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アイティメディア営業企画/制作:ITmedia ニュース編集部/掲載内容有効期限:2012年11月23日