大規模データの活用が日本社会にもたらす“可能性”とは?SFC Open Research Forum 2012プレ対談

モバイル端末の普及や情報通信インフラの発達によって、インターネット上の情報は日々増大している。こうした膨大なデータの活用で、日本社会はどのような価値を見出すことができるのか。NTTコミュニケーションズと慶應義塾大学のキーマンが語り合った。

» 2012年11月12日 10時00分 公開
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 高性能なモバイル端末やソーシャルメディアの普及により、人々はあらゆる場所からインターネットに接続して情報を交換し合うようになった。一方、こうしてWeb空間に集積される膨大なデータを分析し、企業のビジネスや社会的な価値創造に生かそうという取り組み、いわゆる“ビッグデータ”の活用にも注目が集まっている。

 これらを支えているのは、言うまでもなく情報通信インフラの発達である。NTTコミュニケーションズと慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)は、過去20年以上にわたって情報通信ネットワークの分野で共同研究を進めてきた。11月22〜23日には、SFCが主催する年次イベント「SFC Open Research Forum 2012」が開催され、情報通信インフラの進化が生み出した多くの研究成果が発表される予定だ。

 日本の情報通信インフラの発展を支えてきた両者は、インターネットの進化の先にどのような未来を描くのか――。NTTコミュニケーションズ 先端IPアーキテクチャセンタ所長の山下達也氏と、慶應義塾大学 環境情報学部長の村井純教授が、インターネット上にあふれる大規模データの活用がもたらす可能性について語り合った。

個人が発信するデータの分析は何を生み出すか

photo NTTコミュニケーションズ 先端IPアーキテクチャセンタ所長の山下達也氏

 NTTコミュニケーションズは現在、Twitterに投稿されたデータの“全量解析”に力を注いでいる。同社は2012年10月に米Twitterと提携し、日本語でつぶやかれた全てのツイートデータをリアルタイムに取得、活用できる「Firehose」の利用契約を締結した。

 これに基づきスタートしたのが、企業向けのTwitter分析サービス「Bizマーケティング Buzz Finder」だ。企業は同サービスの利用で、自社のブランドや商品に関係するツイートを、投稿した人の性別、年代、職業情報などで分析し、マーケティング活動の強化に役立てられるという。

 サービス提供の背景にあるのはデータ分析技術の発展だ。NTTコミュニケーションズは分散処理技術「Hadoop」の活用で、「これまで数日間かかっていた膨大なデータの分析を、数十分から数時間で処理できるようになった」(山下氏)という。さらに今後は、データを保存することなくリアルタイムにストリーミングで処理する、NTT研究所などが開発したフレームワーク「Jubatus」の活用も見込んでいる。

 村井教授は、こうしたリアルタイムのデータ分析技術は、ビジネス以外の分野でも活用できると提案する。「東日本大震災では多数の“帰宅難民”が問題になった。例えば携帯電話会社が持つ端末の通信データを分析すれば、東京で直下型地震が発生した際も、帰宅困難者がどのような分布で発生し、1人1人が歩いて帰るとしたらどこの道を通るかといったことも、通信事業者が把握できるようになるだろう」(村井教授)

 それに対し山下氏は、個人情報保護の観点から、現時点では端末1台ごとの位置を継続的に把握するのは難しいと話す。例えばNTTドコモでは、基地局や携帯電話が発信するデータから、瞬間ごとの電波状態は把握している。だが個人情報保護の観点からユーザー個人を特定できる電話番号などの情報は集めていないため、1人1人の行動を追跡することはできないという。「データを取ろうと思えば取れるが、あえてやっていないのが現状だ」(山下氏)

 ただし震災などの非常時では、個人情報の保護よりも人命救助が優先されるべき状況も存在するだろう。山下氏はこれについて、政府が担うべき役割があるのではないかと指摘する。「避難時などにおいては、誰がどこにいるかが分かるよう、政府が民間企業にデータの取得と分析を許可することもできるのではなかろうか」(山下氏)

組織や業界を横断するデータの活用が重要に

 個人がインターネット上に発信する情報と並んで、ビッグデータ分析において重要視されるのが各種センサデータである。村井教授は、東日本大震災の発生後に実際に役立ったセンサデータの活用事例として、自動車や交通網のネットワーク化を推進する産学協同団体「ITS Japan」の取り組みを紹介する。

photo 慶應義塾大学 環境情報学部長の村井純教授

 ITS Japanは1994年から自動車のセンサネットワークに関する実験を行っており、参加する自動車メーカーによるデータフォーマットの共通化を進めてきた。その結果、震災の数日後にはトヨタ自動車や日産自動車など5社が集めた自動車のセンサデータを融合して分析することで、どこの道路が破壊されて通れなくなっているかが特定できたという。

 もちろん、データフォーマットを共通化していたのは今回の震災のような未曾有の事態を予測していたからではない。「ビッグデータの活用では『この業界とこの業界のデータを組み合わせても何の見返りもないだろう』といった思考は重要ではない。現時点でそのように考えられるデータでも、やがて後から結び付いて価値を生み出すかもしれない。そのためには、あらかじめデータのフォーマットを標準化し、2次利用の可能性を確立しておくことが必要だ」と村井教授は強調する。

 データの標準化が今後もたらす1つの可能性として、山下氏は電力業界と通信業界の連携を挙げる。例えば、電力需要がピークに達して供給が追いつかなくなりそうになった際に、家庭や企業に対して電力使用の抑制を依頼する「デマンドレスポンス」なども、通信と電力のデータ連携によって実現に近づくというわけだ。

 村井教授も、業界をまたいだデータの活用は電力問題に対して有効だと話す。多くの原子力発電所が稼働停止を余儀なくされている今、地域ごとの必要度に応じて電力を最適配分することが求められる。そこで政府に注目されているのが電気自動車だという。将来的に電気自動車が一般家庭に普及すれば、各家庭が“非常用のバッテリー”を保持していることになる。したがって、電気自動車のバッテリーの位置や残量をネットワーク化して電力会社が知ることができれば、電力供給との補完関係を作れる可能性がある。

 「こうした取り組みは、通信事業者、バッテリーメーカー、自動車メーカー、電力会社の4つの業界にわたっており、“誰の仕事か”ということが見えにくい。ただ、これら複数の業界をネットワークで結んでいるのは通信事業者なのだから、通信事業者には未来を考える責任があるのではないか」(村井教授)

膨大なデータの活用を可能にする次世代通信インフラとは

 では、こうした膨大なデータの活用を可能にする情報通信インフラとはどのようなものか。村井教授は、経済産業省らが2009年にスタートした「エコポイント制度」を例に、クラウド技術の重要性を説明する。

 エコポイント制度では、国民1人1人がポイント利用を申請するWebサイトのシステム基盤として、セールスフォース・ドットコムのクラウドサービスが採用された。政府がシステム構築事業者の公募を始めたのは2009年5月で、サイトの稼働開始日は同年7月。つまり、わずか2カ月未満という短納期で、インターネット上に高性能な情報処理システムが完成したのである。

 「エコポイントの事例でクラウドは一躍有名になった。クラウドは技術的には従来からあった分散コンピューティングそのものだが、これまでと違うのは、ネットワークが太く高速になったことで、その上で膨大なデータの処理ができるようになったということだ」(村井教授)

 一方、NTTコミュニケーションズはクラウドを支えるネットワーク基盤の構築に注力している。2003年には国内および国際ネットワークのバックボーンでIPv6/IPv4デュアルスタック化を完了し、数年後の枯渇が予測されるIPv4と同等のネットワーク品質をIPv6サービスでも実現しているという。さらに現在、同社が得意とするネットワークやデータセンターから、サーバ、アプリケーションまでを一貫して提供する「通信事業者ならではのクラウドサービス」(山下氏)を国内外を問わず提供する方針「グローバルクラウドビジョン」を策定、展開しているという。

 「グローバルクラウドビジョンに基づくサービスが普及すれば、異なる分野のデータも全てクラウド上に乗り、今まで以上にさまざまな形でのデータ活用が国内に限らずグローバル規模で可能になるはずだ」と山下氏は期待を込める。

ビッグデータ時代に求められる人材をどう育てるか

 今後、ビッグデータの活用などが進むにつれて、あらゆる産業分野で情報通信インフラに対する要求は高まっていくはずだ。ネットワークの遅延をいかに低減するかや、経路制御の方式をどのように洗練するかは、産業発展のスピードを左右すると言っても過言ではない。「こうしたインターネットの足回りの技術を、全体の要求を見て考えられる人材を育成することが不可欠だ」と村井教授は強調する。

 人材育成について、NTTコミュニケーションズとSFCが取り組んでいるのが、グローバルでの人材交流である。NTTコミュニケーションズはグループ全体の取り組みとして、海外の現地法人で働くスタッフの法人間異動や日本法人との人材交流を推進している。また、2012年度からは新卒採用者の1割以上を外国籍とするなど、国籍にとらわれない多様な人材の活用を目指しているという。

 一方SFCでは、同大の教育構想「アジアの新出課題解決に向けたエビデンスベースドアプローチ大学プログラム」が、日本学術振興会による支援プログラム「大学の世界展開力強化事業」に採択され、日本とASEAN諸国の大学間で合計480回にわたる人材交流を予定しているという。

 この構想は、環境やエネルギーなどASEAN共通の課題について、データ分析によって得られる根拠(エビデンス)に基づいて問題を発見・解決できる人材の育成を目的とするもので、主なカリキュラムは現地企業でのインターンシップとフィールドワークだ。村井教授は「NTTコミュニケーションズにはぜひ国内外でのインターンシップ活動などを通じて強く連携していただきたい」と協力を呼びかけた。


 情報通信インフラの発達で可能になった多種多様なデータの活用は、企業や業界の垣根を越えて新たな社会的価値をもたらすはずだ。その分野において長きにわたり社会へさまざまな提言を続けているSFC Open Research Forum 2012に足を運ぶことで、日本の近い将来を知る上で多くの発見があるはずだ。

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提供:慶應義塾大学SFC研究所
アイティメディア営業企画/制作:ITmedia エンタープライズ編集部/掲載内容有効期限:2012年11月23日