Innovative Tech
ガチョウはなぜ“助走なし”で飛び立てる? 2kg超の巨体鳥類を浮かせるメカニズム 中国チームが研究
Innovative Tech:
このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
X: @shiropen2
上海交通大学などに所属する研究者らが発表した論文「Geese achieve stationary takeoff via synergistic wing kinematics and enhanced aerodynamics」は、体重2kgを超える大型鳥であるガチョウが、助走も高所からの飛び降りもなしに静止状態から飛び立てる仕組みを、翼の運動パターンと空気力学の両面から解明した研究報告だ。
実験では、体重が約3kgある7羽のガチョウ(Anser cygnoides、サカツラガン)を6カ月かけて訓練し、静止状態からの離陸を合計578回にわたって記録・分析した。翼の動きを10箇所のポイントで3次元的に追跡し、後肢が地面を蹴る力も同時に計測した。
分析の結果、複雑に見える翼の動きは、実は2つの基本的なパターンに支配されていることが明らかになった。1つは翼を上下に振るリズミカルな動き(ストロークシナジー)、もう1つは翼の形状を変化させる動き(モーフィングシナジー)。この2つのパターンの組み合わせだけで、翼の運動全体の93.6%を説明できるという。
問題は、なぜこの動きで重い体を浮かせられるのか。通常、大型の鳥や飛行機のような高レイノルズ数の飛行体が揚力を得るには、ある程度の速度が必要だ。風洞実験でガチョウの翼を調べると、最大揚力係数は1.2程度だが、静止離陸に必要な揚力係数は2.5を超える。この差を埋めるために、ガチョウは以下の3つのメカニズムを駆使していることが分かった。
- 翼を下に振り下ろす際、高い迎え角を保ちながら翼を加速させることで大きな揚力を発生させている。
- 前回の羽ばたきで生じた「前縁渦」(翼の前端で発生し、翼上面に留まることで大きな揚力を生む渦)を、次のサイクルで翼が捉え直す「ウェイクキャプチャー」という現象が起きている。いわば自分が作った気流を再利用する技術だ。この効果は昆虫など小型の飛翔生物では知られていたが、レイノルズ数10万を超える大型鳥類で確認されたのは驚きの発見。
- 翼を上に振り上げる際、翼の先端部分が毎秒約18回という急速なピッチング運動を行い、これによって抗力が推力に変換される。この推力の垂直成分が体重を支えるのに大きく貢献している。
またガチョウが離陸した後、どの方向にどれくらい飛んでいくかには個体差があった。研究チームがその原因を調べたところ、飛行軌道の違いは主に、脚で地面を蹴った勢いで決まっていて、飛行中の翼の動かし方の違いはほとんど関係なかった。つまり、翼はとにかく揚力を出すという仕事に専念していた。
さらに次なようなことも分かった。翼を上下に振ると、上下の切り返しの瞬間に大きな力が体にかかる。重い翼を急に止めて逆方向に動かすと、その反動が体に衝撃として伝わる。ガチョウはこの衝撃を和らげるために、翼全体を同時に止めるのではなく、重い根元部分を先に減速させ、軽い先端部分は少し遅れて反転させている。こうすることで衝撃が一度に来るのではなく時間的に分散され、体への負担が軽減していると分かった。
Source and Image Credits: Huang, Jinpeng, et al. “Geese achieve stationary takeoff via synergistic wing kinematics and enhanced aerodynamics.” arXiv preprint arXiv:2512.20894(2025).
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Innovative Tech
2019年にスタートした本連載「Innovative Tech」は、世界中の幅広い分野から最先端の研究論文を独自視点で厳選、解説している。執筆は研究論文メディア「Seamless」(シームレス)を主宰し、日課として数多くの論文に目を通す山下氏が担当。イラストや漫画は、同メディア所属のアーティスト・おね氏が手掛けている。
この記事の著者
関連記事
こんなメディアも見られています
ITmedia NEWSに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
SpecialPR
本日の新着記事
アクセスランキング
-
1
「焼肉きんぐ」個人情報約1079万件が漏えい 公式アプリのシステムに不正アクセス ほぼ全会員分に相当
-
2
日経社員のGoogle Workspaceに不正ログイン 1646人分の個人情報漏えいか
-
3
大和証券、22万件情報漏えいか 顧客約11万人の口座番号も
-
4
ホワイトエッセンス、約105万アカウントの個人情報流出 8月発表の不正アクセス調査で判明
-
5
KAT-TUNの新曲がボカロ人気曲にそっくり? 作者「ショックすぎる」
-
6
韓国の銀行6行にサイバー攻撃 計2万5000人超の個人情報流出──AIエージェントを使った可能性も 現地報道
-
7
大阪公立大、システム障害で1週間近く休講に 出願期間中で入試にも影響
-
8
渋谷区でシステム障害、窓口業務を縮小 復旧の見通し立たず
-
9
個人向けGeminiのモデル選択が厳格化 無料ユーザーが使えるのは「Flash-Lite」のみに
-
10
タイムズカー漏えいで集団訴訟の動き、登録3000人弱 呼び掛けた弁護士に聞いた──「謝罪で済む案件ではない」
ITmedia NEWS SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
ITmediaNEWSをフォロー
あなたにおすすめの記事PR