ちょっと昔のInnovative Tech
“退職”は脳に良い?──引退が認知機能に与える影響をAIで解析 慶應大などが7000人以上を調査
ちょっと昔のInnovative Tech:
2019年の開始以来、多様な最新論文を取り上げている連載「Innovative Tech」。ここではその番外編として“ちょっと昔”に発表された世界中の個性的な研究論文を独自視点で厳選、解説する。執筆は研究論文メディア「Seamless」(シームレス)を主宰し、日課として数多くの論文に目を通す山下氏が担当。イラストや漫画は、同メディア所属のアーティスト・おね氏が手掛けている。X:@shiropen2
慶應義塾大学、早稲田大学、京都大学大学院に所属する研究者らが国際学術誌「International Journal of Epidemiology」で2025年11月に発表した論文「Heterogeneity in the association between retirement and cognitive function: a machine learning analysis across 19 countries」は、高齢期における仕事からの引退が脳に与える影響を調査した研究報告だ。
世界的に高齢化が進み、多くの先進国で年金の支給開始年齢が引き上げられる中、仕事を引退するタイミングが人々の健康にどのような影響を与えるかが注目されている。
これまで引退が高齢者の認知機能に与える影響については研究結果が一致していなかったが、研究チームは機械学習モデルを用いることで、引退には認知機能を改善する効果があり、その効果には大きな個人差があることを解明した。
分析の対象となったのは、米国、英国、欧州諸国など19カ国の50歳から80歳までの7432人。研究では、健康状態が良い人ほど働き続けるというバイアスを排除するため、各国の年金支給開始年齢を操作変数として用いた。さらに「因果フォレスト」と呼ばれる機械学習手法を導入し、引退が認知機能に与える因果効果とその個人差をデータから推定した。
調査の結果、引退した人は働き続けている人に比べて、単語記憶テストで平均して約1.3語多く単語を記憶しており、ほとんどの場合で引退が認知機能の維持や改善にプラスの効果をもたらすことが明らかになった。引退によって認知機能が低下する人は全体のわずか1%で、大半の人にとって脳に良い影響を与えていた。
同時に、この改善効果には個人によってマイナス0.5語からプラス2.3語までのばらつきがあった。特に引退による認知機能の改善効果が大きかったのは、女性、高学歴、デスクワーカー、高所得・高資産の人や、引退前から健康状態が良好で運動習慣があった人だった。
このような違いが生じる背景には、引退によって仕事のストレスから解放されることや、余暇の時間が増えて運動などの健康投資ができるようになることが考えられる。女性において効果が大きいのは、男性に比べて引退後の対人関係が活発になりやすいことや、仕事と家庭の葛藤から解放されるためと推察される。
高所得・高資産の人であれば引退後も健康投資に回す金銭的余裕があり、もともと運動習慣があった人であれば引退後も活発に活動し続けることが認知機能の維持に役立っている可能性が高い。高学歴のデスクワーカーにおいては、在職中の知的労働による脳への刺激が引退後も継続的に良い効果をもたらしていると考えられる。
Source: Koryu Sato, Haruko Noguchi, Kosuke Inoue, Heterogeneity in the association between retirement and cognitive function: a machine learning analysis across 19 countries, International Journal of Epidemiology, Volume 54, Issue 6, December 2025, dyaf201, https://doi.org/10.1093/ije/dyaf201
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Innovative Tech
2019年にスタートした本連載「Innovative Tech」は、世界中の幅広い分野から最先端の研究論文を独自視点で厳選、解説している。執筆は研究論文メディア「Seamless」(シームレス)を主宰し、日課として数多くの論文に目を通す山下氏が担当。イラストや漫画は、同メディア所属のアーティスト・おね氏が手掛けている。
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