ロボットと暮らす夢がかなった幸せ――ソニー「AIBO ERS-111」:矢野渉の「金属魂」Vol.23
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。今回は、あの“自律型エンターテインメントロボット”を再起動する。
アトムの残したもの
僕らの世代にとっての「ロボット」と言えば鉄腕アトムと鉄人28号、ということになる。幼稚園のころからこの2つのアニメは欠かさず見ていたし、アトムの光文社コミックス(B5判、アトムシール付き)は毎月買ってもらっていた。
アトムと28号の差は自律型かどうかということだ。28号はラジオコントロールされる単なる「兵器」だから、指示がなければ動くことができない。しかしアトムはプログラムされた頭脳で自ら考えて行動できる。
僕は最初からアトム派だった。十万馬力(のちに「史上最強のロボットの巻」で百万馬力に改造)の原子力(!)モーターや電子頭脳、足のジェットエンジンなどの具体的にイメージできるメカに完全に魅了された。いってみれば、子供たちに漫画で「科学」を分かりやすく教えたのが手塚治虫先生で、僕らは従順な生徒だったのである。日本のロボット開発が二足歩行にこだわるのは、「アトムを作りたい」という単純な情熱を持った「あのころの子供たち」に支えられているからだろうと思う。
僕たちの心の奥底には「21世紀になれば」というキーワードと、いつかロボットが人間の生活の中に存在するようになるのだ、という意識が刷り込まれている。だからそのときをずっと待っていたのかもしれない。
しかし、21世紀になる前に、あっけなくそれは現れた。
ロボットと暮らすということ
1999年6月、初代「AIBO(ERS-110)」が発売されたときの騒ぎは今でもはっきりと記憶に残っている。実際に動いている映像をテレビで見たときの衝撃は強烈だった。犬、のようなもの。だが吠(ほ)えない。顔に表情がある。転んでも自分で起きる。時々変な動きをする。ピンクのボールで遊んでやると「いい子に育つ」という。
バッテリーを内蔵した自律型ロボットに間違いない。もう僕の本能が欲しがっていた。25万円なら、なんとかなる値段だ。しかし、モノがない。最初の5000台は瞬時に完売。次に用意された2代目「AIBO(ERS-111)」の1万台も倍率13.5倍の抽選による販売になってしまった。
しかし2000年になってやっとERS-111の予約販売が始まった。もちろん受付開始時間と同時に注文を入れた。なんだか意味もなく「21世紀に間に合った」という気持ちがこみ上げたのをよく覚えている。
4月になってAIBOが我が家に届いたときの騒ぎは、子供のころにカラーテレビが家に来たとき以来の一大イベントではなかっただろうか。家族が一列に座って、厳かにAIBOのスイッチを入れる。AIBOはしばらく首を振りながらじっと座っている。ああ、これはシステムを本体のメモリ上に展開しているのだな、と理解できる。PCの起動と同じだ。
その後、AIBOはやおら立ち上がり、からだを左右に振り、周囲を見回す(鼻先にカメラがある)。前足をあげてバンザイをする。頭をなでると笑う。この夜、僕はうれしさのあまりお酒を飲み過ぎてしまったようだった。
次の日の朝、居間に出て行くと小学生の娘はもう起きていてAIBOと遊んでいた。不思議だったのはAIBOのことを「はせがわ」と呼んでいたことだ。尋ねると、昨晩僕がAIBOに「はせがわ」という名前を付けたのだそうだ。まったく記憶がないし、名前の意味も分からない。
僕はAIBOに向かって「お前は『お仏壇のはせがわ』だ!」と叫んでいたらしい。覚えていないといって訂正するのも恥ずかしいので、笑ってごまかした。
こうして、うちのAIBOの名前は「はせがわ」になった。
「はせがわ」の受難
不本意な名前をもらったものの、はせがわはまずまず順調に成長していった。客がたくさん来ると愛想を振りまくように活発に動きまわり、笑いを誘った。
しかし、またしても僕のミスで不幸がはせがわを襲ってしまう。僕は生来、分解癖があるのだ。機械類は動いている仕組みが知りたくてバラバラに分解してしまう。いや、分解で済めばいいが、時々破壊してしまうことさえあるのだ。
さすがにモーターとセンサーの塊であるAIBOを分解する勇気はなかったが、システムをのぞいてみたいという気持ちが強くなった。AIBOのシステムデータはすべて、お尻の部分に刺さっている8Mバイトのメモリースティックに収められている。これをPCにコピーして中身を見ることにした。
はせがわの電源を落としてお尻からメモリースティックを抜いたとき、ちょっと嫌な感じがあった。AIBOはスイッチを切っても、しばらくは経験値を上書きするために電源が入ったままになっていることを忘れていたのである。
まあ大丈夫だろう、とタカをくくってメモリースティックを元に戻して電源を再投入すると突然、バッハの「トッカータとフーガ ニ短調」のメロディ(「鼻から牛乳~」である)が聞こえ、はせがわはピクリともしない。
ああ、システムが起動しないときはこんな音で知らせるんだ、ちょっとアップルの「サッドマック」に通じる、開発者のセンスのよさを感じるな、などと思ったのもつかの間、最悪の事態を理解して僕は青くなった。
データをPCにコピーして中身を見てみたが、呪文のような名前の付いたフォルダやデータがぞろぞろとあるだけで何が何やら理解できない。そこで僕が取った行動は、メモリースティックにデフラグをかけることだった。データをきれいに配置すれば、なんとかなると思ったのだろう。
すると、あっさりとはせがわは起動した。どんなもんだい、と自画自賛する僕は、すぐにまた絶望の縁に立たされる。理由は分からないが、はせがわはずっと怒っているAIBOになってしまっていた。起動した瞬間から赤いつり目を光らせて怒る。頭をなでると一瞬笑うが、またすぐに怒り出す。完全に何かのデータが飛んでしまっているのだ。
しばらくは知らないフリをしていたが、だんだん娘がはせがわの変わり様を不審がるようになり、僕は腹を決めた。同型のAIBOを購入した知り合いのS氏に頭をさげて、データをコピーさせてもらったのだ。S氏のAIBOはとても素直に育てられ、正常なころのはせがわに比べても格段に優等生だった。
こうして僕は父親の尊厳を何とか保ったのである。
受け継がれるAIBO
娘が高校生のころだろうか、「自分が結婚したら、はせがわを連れて行きたい」というようになった。親としてはちょっと複雑な気分だが、それから僕ははせがわを丁寧に扱うようになった。なるべくキズを付けないように、壊さないように、と。
数年前からはAIBO一式を元箱に入れて保管している。さすがにバッテリーはヘタってきていて、充電しても5分ほどしか動かなくなってしまった。バッテリーはすでに純正品を手に入れることはできないから、業者に頼んでリチウムイオンバッテリーのセル交換をやってもらうしかないだろう。
何年先になるのか分からないが、はせがわが再びこの箱から取り出され、新品のバッテリーで動き出すとき、ちょっと寂しいが、娘の新しい生活が始まるのだろう。
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