政府強制フィルタリングソフト、中国人ハッカー軍団に屈する:山谷剛史の「アジアン・アイティー」(2/2 ページ)
中国政府の「フィルタリングソフト義務化」は実施直前に「無期限延期」となった。その裏には、中国人ハッカー軍団による「解析作業」が影響した可能性もある。
お粗末なGreen Dam、中国ネット検閲の証拠を暴露
Green DamによってPCにフィルタリング機能を必ず使えるようにする理由について、中国政府は「わいせつな画像を表示させないため」と説明している。しかし、中国では「政治的なNGワードによる検索をブロックするため」と考えるPCユーザーが圧倒的に多い。
試しに、Green Damがわいせつと識別する画像の検証を「仕事上やむを得ず」行ってみた。インターネット上で多くの中国人が捜し求めるという伝説の人物名で「わいせつ画像」を検索してみたところ、チラリズム系……、えーっと、「布地の面積が肌面積よりも多い」画像はGreen Damのフィルタリング機能で「わいせつ画像」と認識されなかった。その一方で、全身黄色(肌色に近い)のガーフィールドの画像が載ったWebページの一部や、格闘技を扱った写真記事の一部でフィルタリングが作動している。
一方、NGワードのブロック機能については、Green Damをインストールするときに一緒にPCに組み込まれると考えられた「NGワードの一覧リスト」の抽出が、多くのパワーユーザーによって行われ、最終的にGreen Damを構成するファイルの中から発見されたNGワードやNGサイトのリストがネットに公開されてしまった。恐るべし、中国人ハッカー軍団。「グリーンダム データベース」(中国語なら緑■ 数据庫。■は土へんに覇)で検索すれば、これらのリストが瞬く間に膨大な数のブログに転載されたことを確認できる。
NGワードの発見によって、これまで中国国内では「触れてはいけないこと」だったネット規制の存在が具体的に暴かれ、そして、そのNGワードが明らかになってしまった。ハッカー軍団には「Green DamのおかげでNG扱いだった(つまりは、アクセスしたことが政府に“通報”される)わいせつ画像サイトが分かった!そこは踏まないようにするよ!!」といった喜びのコメントが多数寄せられている。これまで、中国政府によるネット規制に声をあげることなく我慢してきた中国のパワーユーザーたちは、Green Damがボロを出したことでお祭りモードになっている。
NGを踏んだらサヨウナラ
ここで紹介したNGサイトやNGワード以外にも、中国で普及している各種チャットソフトを監視する機能や、プロキシ禁止機能、Quakeシリーズなどの暴力的ゲームのフィルタリング機能、kazaaなどのP2Pソフトを使用禁止にする機能など、かなり深いところまで暴かれてしまった。構成ファイルの1つが、英語版のオリジナルソースをそのまま移植したことまで分かっているそうだ。
Green Damは、NGワードを踏んだPCを「ネットワークから強制的に切断する」という機能を持っている。その動きを検証してみようと思ったが、ここで注意しなければならないことがある。Green Damの動作に関する情報もかなり解析されていて、そこで明らかになった情報によれば、NGワードを検出したGreen Damは、その情報を開発元の企業に送信するらしい。そんなことを自分が知らないうちにされたら困るというわけで、判明したNGワードのリストをHTMLファイルでローカルに保存し、そこにアクセスしてみた。すると警告画面が出て、Webブラウザが強制的に終了してしまった。
元々、Green Damは中国政府の要請で開発されたわけでなく、以前からリリースされていたフィルタリングソフトだ。しかも、競合の中では性能が低いと評価されていた製品だ。そういうソフトを中国政府が4000万元(約5億6000万円)という大金で買い上げ、中国で販売される新規PCにインストールを義務化したことで脚光を浴びたわけだが、できの悪いGreen Damを中国政府が高い金を使って採用してくれたおかげで、これまで知りたくても知ることができなかったNGワードとNGサイトのリストが暴かれてしまった。「上に政策があれば下に対策あり」をまさに地でいってしまったのだ。
中国政府はハッキングされてしまったGreen Damを標準として採用しつづけ、ユーザーはGreen Damがアップデートするたびに最新のNG情報を解析し、公開していくことになるのだろうか。2009年7月1日、中国政府は「インストールは遅れてもよい」(可推遅預装)という発言とともに、フィルタリングソフト義務化の実施を無期限延期にした。
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