鈴木敏夫プロデューサーが語る、スタジオジブリ作品の創り方(前編)(5/5 ページ)
スタジオジブリ作品のプロデューサーとして、さまざまなヒット映画を手がけてきた鈴木敏夫氏。鈴木氏はその日本アニメへの貢献が認められ、ASIAGRAPH2010で創賞を受賞。贈賞式の後に行われたシンポジウムで、スタジオジブリ作品制作の裏側を語った。
日常芝居が一番難しい
鈴木 例えば僕らの作品で言うと、『ホーホケキョ となりの山田くん』という作品では、田辺修という非常にうまいアニメーターの表現に感心しました。『ホーホケキョとなりの山田くん』をご覧になった方はいないと思いますので解説しますと、二頭身の絵なので、極端に足が短い。それで畳の部屋で芝居をするんです。
お母さんのまつ子さんが何かを持って歩いてきて座るシーンがあるのですが、これをどう描くか。二頭身なので足はほとんどないのに、足を折りたたんで座るんです。これを自然に描ける人はまずいない。40人くらいアニメーターがいて、描けたのは2人だけでした。
普通に歩いていくだけなんです。お父さんが新聞を読んでいるところに、「はい、お父さん」と言って座って、2人でしゃべり始めるという何でもないシーンなのですが、こういうところが大変なんですよ。足が短いので、折り曲げると目立ってしまう。それを目立たせないように、自然に見せないといけない。
便利な時代になっているので、映像を分析してもらうと面白いのですが、歩いてくると一瞬背が伸びて、二頭身サイズだった足が長くなるんです。それでその足を折りたたんで、すっと座るんです。ただ、一連の動きを見ると、一瞬背が高くなったとか誰も気が付きません。これが「うまい」ということなんです。
アニメーションは、大きく言うと2つしかありません。みんなが知っていることを描くということと、みんなが見たことも聞いたこともないことを描くということです。例えば人間が空を飛ぶというシーンを描く時、これはみんな実際にやったことがないので、どう描いても大概空を飛んだように見えるんです。誰も不思議を感じない。
ところが、箸を使ってご飯を食べるシーン。これはみんな知っているので、(空を飛ぶシーンを描くより)よっぽど難しいんです。空を飛ぶ方はタイミングさえ良ければ、大概何とかなる。だから、日常芝居って本当に大変なんです。でも、アニメーションってそこがちゃんとしているかどうかなんですよ。
西村 ジブリ作品では食べているシーンが多いですよね。
鈴木 ちょっと偉そうなことを言わせていただくと、人間が生きていく上で何が大事だと思いますか?
西村 食べて、寝てということですか。
鈴木 そうなんですか。最近の方は違いますよね。みんな生きがいが問題だと思っていますよね。ところが、僕や宮崎駿や高畑勲が何が大事と思っているかというと、食べて、寝てということが一番大事だと思っているんです。生きている基本なのですが、それを今、忘れがちな時代ですよね。
だから、僕らはキャラクターを作って、次に何を考えるかといったら衣食住なんです。着るものをどうして、どうやって手に入れているのか。食べるものは毎日どうしていて、どこに住んでいるのか。人間は衣食住がちゃんとしていれば、生きていけるわけなので。だから、西村さんは多分力強い人だと思うんですよ。生きていく上で何が大事かと問われて「食べることだ」という人は、現代ではなかなかいないんですよ。
当たり前ですが、食べることは大事なんです。でも、忘れているんじゃないですか。日本が豊かということは、衣食住の上に付加価値があって、それをうんぬんするようになっているということです。だから、僕らの映画ではそうした付加価値を吹っ飛ばして、衣食住を描いてきたんです。それは基本のことではありますが、僕は基本ではないものが映画の世界ではいっぱい作られている気がしてしょうがないですね。
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