インタビュー
» 2007年02月20日 15時50分 UPDATE

田口元の「ひとりで作るネットサービス」探訪:“文系出身プログラマー”が独立するまで――コトノハ・大日田貴司さん

新感覚の○×コミュニティ「コトノハ」などを手がける大日田貴司さん。「文系だから、プログラマーなんて無理」と思っていた学生時代を経て、プログラミング未経験可の会社に就職。業務のかたわら独自のサービスを作り、スカウトされて転職、そして独立――。一見順調に見えるキャリアだが、その裏には焦りや苦労もあった。

[田口元,ITmedia]

 「例えば僕が100時間かけてサービスを作るとしますよね。そのサービスで2万人の人を1時間喜ばせることができたとします。そうすると僕の100時間が2万時間もの幸せな時間になって返ってくることになります。それってすごいな、と思ったのです」

 新感覚の○×コミュニティ「コトノハ」などを手がける大日田貴司(おおひだ・たかし)さんがネットでサービスを作り続ける理由である。1人で作ったものがインターネットの力を借りれば何倍、何十倍、何万倍にもなる。それが面白いな、と思っている。

yy_ohida01.jpg 大日田貴司さん

「文系だから、絶対プログラマーにはなれないな」と思っていました

 数々のサービスをリリースする大日田さんは、最初からプログラミングができたわけではない。「プログラマーって、数学ができないとダメなイメージがありますよね。文系だった僕は、絶対プログラマーにはなれないな、と思っていました」

 しかし転機は訪れる。もともと新しもの好きだった大日田さんは、大学時代にインターネットに出会う。「父が仕事で使っていたPC-9801をお下がりとしてもらい、当時流行っていたネットをやり始めました。いろいろ見ているうちに“ホームページ”というものが作れるらしい、ということに気づき、本を1冊買って自分でも作ってみたのです」

 それがコンピュータで何かを作った初めての経験だった。そうした経験を積むうちにプログラマーに憧れを感じはじめた。文系だから無理かな、と思いつつも小さなソフトハウスに就職した。プログラミングの経験がなくてもOK、という条件が決め手だった。

 「新卒で採用されたのは僕ともう1人だけ、という小さな会社でした。そこでC言語を学び、自分でもネットで調べて、1人でフリーソフトを作れるまでになりました」

 作ったソフトはいわゆるコマンドランチャーで、これをソフトウェアの配布・販売サイトのベクターに登録した。公開してみたら、思ったよりも反響があった。「便利に使っています」「これからもがんばってください」といった応援のメールが届いたのだ。

 とにかく自分で思ったとおりのものを作れた、という達成感があり、しかもそれを数千人に使ってもらえた。そう思うと開発にも力が入った。ちなみに、今でもこのソフトは愛用している。

 ソフトウェア開発の楽しさに目覚めた大日田さんは、仕事が終わっても趣味で開発をするようになる。しかしその頃から仕事が忙しくなり、しかも、好きなプログラミング以外の仕事が増えてきた。「これ以上この会社にいても、プログラミングはできそうにないな」。そう思い退職を決めた。「その後は友達の会社のWebサイトを作ったり、ちょっとした開発をしたりと小さな仕事をしていました」

 開発をしようと思い、仕事を辞めてみたが生活は苦しくなるばかり。「このままではいけない、そろそろ働かなくては」――真剣にそう思い始めた頃、目にとまった求人があった。その企業は「ベクター」。普段から見ていたし、自分の作品を登録しているWebサイトでもあった。その求人に応募し、無事就職する。

yy_ohida02.jpg

GREEの田中社長に出会い「文系でもできるんだ」

 ベクターでは、ライブラリの更新作業や進行管理を行う傍ら、業務効率の改善を進めた。その一方でネットの動きは逐一チェックしていた。そのうち社内で「あいつはネットに詳しいらしい」と評価されるようになる。

 「ある日、社長から『ベクターでも新しいことをやるぞ』と誘われました。そして、当時流行していたSNSを調べることになりました」。そこで出会ったのがGREEの田中社長。この出会いも大日田さんにとって大きな転機となる。

 「田中社長は、文系出身なのにGREEを作っていました。それを知ったとき、文系でもできるんだ、と思いました」。GREEはPHPで作られていると知った大日田さんはPHPの勉強を始め、自分でSNSのひな形を作って社長にプレゼンした。「僕が作ったSNSは、評判は良かったのですが、さまざまな事情で公開されませんでした。でも、PHPも覚えたし、何か作りたいな、と思っていました」

 会社から帰ってから1人でコツコツ作り、2005年2月に公開したのが「Socialtunes」。自分の持ち物を登録し、そのモノでつながっていくSNSである。「ある人の持ち物を見ていくことで、人となりを知ることができるのではないか」と思ったのが開発のきっかけだ。

yy_ohida05.jpg Socialtunes

 専用サーバを借りたのもこのときが初めてだった。「さくらインターネットの専用サーバを借りたのですが、初期費用が3〜4万かかりました。サーバ関連の技術が全然分からないまま借りてしまい、最初は本当に途方にくれました。でも費用がかかっているから、やらないともったいない、と思って必死に勉強しました」

 その頃の睡眠時間は本当に短かったという。会社から帰って朝まで開発し、2〜3時間寝てからまた出社、という日々が続く。

paperboy&co.での焦りとコトノハの誕生

 当時はmixiやGREEのコピーのようなSNSが多く、そんな中でSocialtunesのコンセプトはユニークだった。そのユニークさに目をつけた人物がいた。paperboy&co.の家入社長である。それは1通のメールから始まった。

 「Socialtunesいいっすね、今度メシでもどうですか」。家入社長からメールが来たときは嬉しかった。彼も個人でサービスを作っているし、paperboy&co.という会社にもなんとなく好感が持てたからだ。

 「食事をするときは、家入さんのほかにpaperboy&co.の人が数人来ていましたね。すごく若くて元気のある人たちでした。特に転職の話というわけではなく、インターネットで最近何が“アツい”とか。でも話の途中途中で『ペパボいいよね』とさりげなく言われるのが印象的でした(笑)」。その後、再度の食事を経て大日田さんはpaperboy&co.に転職する。

 転職後のすべり出しは順調ではなかった。「転職したてのころは、とにかく焦っていました」。若い会社であるpaperboy&co.の中では、大日田さんは年長の部類だった。社長さえも年下だ。「年下だけど、みんな経験を積んでいて僕よりデキる。声をかけてもらって入社したのにこれではいけない、と」

 焦りから、がむしゃらに猛勉強した。そして、自分で何か作らなくては、という思いが募る。当時、ネットで「人生の経験値」というバトンが流行していた。これをシステム化したらおもしろいのではないか、そう思って2005年9月に公開したのが、出来事に○×をつけていくことで他の人とつながっていく「コトノハ」だ。

 「○×という誰にでも分かるシステムが気に入っています。PCにあまり詳しくない、それこそ自分の親にも楽しめるようなものを作りたかったのです」。コトノハはpaperboy&co.社内でも好評で、社員のブログでも次々に紹介してもらい、アクセスを順調に増やしていく。

yy_ohida06.jpg コトノハ

 自分でもサービスを作らなくては、という思いは、コトノハを作っただけでは治まらなかった。その後もふと思いついて取得した「qooqle.jp」というドメインでさまざまなサービスを展開していく。はてなブックマークやYahoo!JAPAN、YouTubeやFlickrのAPIを駆使して、今までと違った形で検索結果を見せることを目指した。Ajaxも活用した気持ちの良いインタフェースはdel.icio.usで多数ブックマークされるなど、海外でも高い評価を受けた。海外からのアクセスでサーバが落ちることもあるという。

周辺機器には“ちょっといいもの”を使う

 1つのサービスは大体2日ぐらいで作り上げてしまう、という大日田さん。サービスを作るときにはどんなことに気をつけているのだろうか。

 「僕はあまり難しいことはできません。だから機能よりもアイディアで勝負しようと思っています。僕が作るものを見たときに『あぁ、そういう考えもあるんだ』と思ってもらえるようなものです。そこは外せません。」

 “ノリ”を維持することも大切だ。そのために本を買ってきて勉強するようなことはあまりしない。今ではネットでほとんど調べられる、と大日田さんは言う。「キーボードから指を離さないようにしています。ネットで調べてそのまま作る、というスタイルです」

 そのために工夫しているのが普段使っている周辺機器。キーボードやマウス、ディスプレイは“ちょっといいもの”を買うようにしている。例えばキーボードはPFUの「Happy Hacking Keyboard Professional 墨」、マウスはロジクールの「MX Revolution」、ディスプレイはナナオの「FlexScan L567」を使っている。「1日中触っていたい」と思うことが大事だと思います、と大日田さんは主張する。

yy_ohida07.jpg 大日田さんのデスクまわり

 “ちょっといい周辺機器”以外に大日田さんが使っているツールはなんだろうか。

 「開発は基本的にサーバ側で行います」。だからエディタは「vim」。ほかに使っているのはバージョン管理ソフトの「Subversion」ぐらいだ。自宅のPCはWindowsだが、特別なものは入れていない。昔自分で作ったコマンドランチャーぐらいだという。スケジュールの管理は主に紙の手帳で行う。「PDAも試したのですが、紙がしっくりきます」。いつも持ち歩く手帳には長期的な目標も書き込んでいる。

yy_ohida03.jpg いつも持ち歩く手帳

 モチベーションの管理はどうしているのだろうか。「やる気がないときは、海外のドラマなどを見ていますね。ドラマを見たからやる気がでるわけではなくて、やる気が出るのを待っているというか……。そろそろやらなくちゃ、と思えるまで、何もしないことが多いですね」。だから会社勤めは向いていないのです、と大日田さんは苦笑する。

「コミュニティとツールの両方を作りたい」と独立

 「頭の中に自分のやりたいサービスがたくさんあります」。そうしたサービスに思いを馳せるたびに、個人の限界を感じ始めた。しかし、paperboy&co.の中でやると甘えが出る、という心配があった。そこで2006年末に独立を決意する。新しい会社は「エスカフラーチェ」。paperboy&co.の同僚で、コトノハのデザインを手伝ってくれた山田あかねさんと一緒に起業した。

 「気になるサイトは『37signals』です。シンプルだけど便利なツールをリリースしています。エスカフラーチェではコトノハのようなコミュニティサービスに加え、37signalsが作っているような便利なサービスも手がけたいと思っています」

 インターネットの力を使えば小さな力を何倍にでも増幅できる。そう信じる大日田さんの今後のサービスに期待したい。

Copyright© 2016 ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

Loading

ピックアップコンテンツ

- PR -

注目のテーマ