OpenSubject──メールによる会議を可能にする技法

忙しくて集まる時間の取れないビジネスパーソンにとって、メールを使った議論は日常茶飯事。しかし、議論が発散してしまったり、うまく意図が伝わらなかったり、無駄な返事が頻出するなど、メールを使った議論への課題は数多い。メールのサブジェクトを工夫することで、議論の生産性を向上させようというのが「OpenSubject」だ。

» 2007年08月08日 13時21分 公開
[中嶋謙互,ITmedia]

 正式な議論の代表格は「会議」だが、忙しいビジネスパーソンの間で会議に次ぐ議論、コミュニケーションの手段として活用されているのが、言わずと知れたメールだ。しかし、メールによる議論は、最適化や効率化が全く進んでいない。それぞれの人が自分なりの「問題が起きにくい方法」を漠然と実行しているのが実情だろう。

 最近ではソフトウェア開発で使われるバグトラッキングシステム「Trac」や、議事録ベースの会議支援システム「Sargasso XM」などの導入によってシステム化が進み、メールでの議論や相談は、社内では減りつつある。実際、筆者が勤めるコミュニティーエンジンでも、各プロジェクトチームの会議や相談がメールベースで行われることはほとんどなく、単なる連絡や報告用に使われている。連絡や報告に関してもTracやSalesForceなどのシステムがそれを吸収しようとしている。

 しかし、そのようなツールを共有していない社外の人たちとの議論には、メールが不可欠である。現在のところ、どの会社でも必ず共通に使っているシステムはメールくらいしかないからだ。しかし、メールを使って効率の良い議論をするのはかなり難しい。

なぜメールでの議論は難しいのか?

 メールでの議論を困難にしている要因はいくつもある。

 最大の問題は、「言外の情報」「行間の情報」を伝える手段が存在しないことだ。実際の会議では、口調や表情、身振り手振り、顔の向き、座る位置、服装、会議室の場所、時刻、会議形式など、さまざまな要因によって「言外の情報」が伝わっている。これらは、実際に話し合われたことに対するメタデータそのものだ。

 メールではこれらがすべて省略されていて、利用可能なメタデータが少ない。これによって理解が遅れたり、誤解が発生しやすくなったりする。

 いわば、会議では無意識に付け加えていたメタデータによって、“意味の明確化”が図られてていたいたわけだ。逆に、メールでは意識して意味の明確化を行う必要がある。

 これが最も顕著に現れるのが、メールサブジェクトの一覧画面──スレッド表示のときだ。実例として、あるメーリングリストのアーカイブを見てみよう。

 上記アーカイブでは、長く続くスレッドが頻繁に発生しているが、一体どのような議論が行われたのか、同じサブジェクトが連続しているため、全く想像することができない。Thunderbirdのようなメジャーなソフトでも、上記のような表示形式を取っているのが現状だ。

XM──eXtreme Meeting:究極の会議の視点からメールを見る

 

 対面での会議を効果的に実行するための技法「eXtreme Meeting:究極の会議」(XM)にある15のプラクティスを、メールに当てはめてみると、メールを使った議論の課題が明確に浮かび上がってくる。

究極の会議の15のプラクティス
  プラクティス メールでの課題
議事録ドリブン ○そもそも議事録ドリブンである
2 ゴールの共有 ×支援が必要
3 リマインド ○メール自体がリマインドとしての機能を持つ
4 時間管理 ○支援は可能。タイムアウトも必要かもしれない
5 一度に1つのトピック ×支援が必要
6 議事録の共同注視 ×不可能
7 意味の明確化 ×支援が必要
8 終了時確認 ×支援が必要
9 会議中に別の会議を設定する ×支援が必要
10 ロギング&トラッキング ×支援は可能
11 マイルストーンの設定 −関係なし
12 議事録の共同所有 ○そもそもできている
13 ToDoの共同所有 ×支援は可能
14 共通の用語 ×支援は可能
15 ラフコンセンサス&エグゼキューティングタスク ○メールが向いている

 XMが提唱している15のプラクティスのうち、メールを使った議論で実現できていない最も重要な点は、「7──意味の明確化」だ。このプラクティスでは、会議におけるそれぞれの発言が「意見」なのか「結論」なのか「ToDo なのか」を明らかにしていく。議事録に記録されているそれぞれの発言に、「発言の種別」というメタデータを追加していくわけだ。

 このプラクティスをメールでの議論でも実現することで、状況を大きく改善する可能性を持っている。

OpenSubject

 メールによる議論の課題である、“意味の明確化”を実現するための技法として、“OpenSubject”というプラクティスが提案されている(http://opensubject.pbwiki.com/)。

 これは、メールのサブジェクト行に3文字のメタデータを付けて、メールを送信する意図を明らかにしようとする試みだ。

NRN No Reply Needed 返信不要
RYN Reply with 'Yes' or 'No' Yes/Noで答えよ
AYQ Answering Your question 質問への答え
ATC Attachment is important 添付ファイルが大事
1QM One Question Message 質問は1つ
MQM Multiple Question Message 質問は複数
FYA For your Archive 保存用
FYI For your information (NRN) 知っておいて下さい
WFR Waiting for your Reply/Advice/Permission 返信を待つ
AET Answer Expected Today/this Week/within a Month 期限は〜まで
RAF Read and Forward (jokes, quotes, interesting) 読んだら誰かに回して
XXX Explained 説明します
HAT How About This お勧め

 英字3文字をメタデータとしてサブジェクトの頭に付けて、そのメールを書いた「意図」を明らかにする。同様の方法は、英語圏の人を中心として使っている場面を見かける。「FYI:」というサブジェクトのメールを受け取ったことのある人もいるだろう。こういった方法論は、普及率が上がるにつれて価値が増大するので、普及を促進するためにOpenSubjectという名前を付けて広めようというのである。

 OpenSubjectは、英語をベースとしたプラクティスである。世界共通の記号を使える事に越したことはないのだが、私たちは日々やりとりしているメールは日本語だ。また、表意文字であるという日本語が持っている力を使って、OpenSubjectをさらに強化することはできないものか?

OpenSubject日本語版

 というわけで、早速、日本語版を作成してみた。

記号 漢字 意味
NRN 返信不要
RYN 是非 Yes/Noで答えよ
AYQ 質問への答え
ATC 添付 添付ファイルが大事
1QM 単問 質問は1つです
MQM 複問 質問は複数あります
FYA 保存 保存しておいてください
FYI 情報 知っておいて下さい
WFR 要返 返信を待つ(要助、要許)
AET 日返 期限は〜まで(週返、月返)
RAF 回覧 読んだら誰かに回して
XXX 説明 説明します
HAT 推薦 おすすめ
叩き台

筆者らのグループは日本語版を実際の作業のために使ってみた。その際、返信する際にメタデータを捨てずにSubject line を伸ばしてみた。結果としては以下のようなサブジェクトができた。

  • Subject: 了解:要返:単:叩:Re: 究極の会議研究会
  • Subject: 不要返: 提案:加案:加案: 提案:メールも会議の一種だという説明つきがよいかも

 一連のサブジェクトの流れを見てみよう。まず1つめは、叩き台が投げられ、質疑応答の末、問題が解決したことが分かる。また、2つめは、提案から始まり、アイデアの追加を経て、結論に至ったことが分かる。このようにサブジェクトにメタデータを蓄積していくことで、実際に議論の流れが理解しやすくなった。

 メタデータを漢字形式にしたことによって理解しやすくなったのは、単に私が日本人だからという理由だけでなく、表意文字の力もある。表意文字であるという点を考慮すれば、さらに効果的な文字のセットを開発することができる可能性もある。

メタ思考の重要性

 メールの本文を書いているときには、しばしば「何のために書いているのか」を忘れることがある。その結果生まれてくるのが、相手に意図が伝わりにくい、複数の意味を兼ねてしまった、コミュニケーションや議論の道具としては不完全な文章だ。

 OpenSubjectを実践するときには、メールを送信するときに、「そのメッセージがどういう意味を持つのか」「そのメッセージがどういう特徴を持つのか」「自分はなぜそのメッセージを送るのか」という事を考えざるを得ない。メールの本文を書いた後に、サブジェクト行にタグを付ける段になって、本文の内容を再確認する必要が生じるのだ。

 実際に私が今回試した中でも、最後にタグを付けるときに、本文の内容を2つに分割する必要があると気づいたこともあった。メールのやりとりに参加する全員がこのように考えることによって、自然と、メールの内容自体を再度読み直すようになる。

 この、メールの内容そのものについてメタ的な思考を促すという効果は、OpenSubjectが持つ効果の中でも最も重要な部分だ。これにより、XMのほかのプラクティスである「ゴールの共有化」といった重要なプラクティスが結果として実行されることにつながる。究極的には「メールによる議事録ドリブン」が実現するだろう。

追加的なプラクティス

 OpenSubjectを実際に運用するときには、追加的なプラクティスとして以下のような行動が必要になりそうだ。

  1. まず、1つのメールのスレッドの全体で、OpenSubjectの利用を必ず徹底するほうがいい。途中で途切れてしまうと、価値が半減してしまう。
  2. メールソフトが付けてくる “Re:”や “返:”などは、情報を何ら付加しないため、消してしまう。
  3. OpenSubject自体の簡潔な説明を、アクセスしやすい位置に置いておくこと。メールのシグネチャに簡単な説明を追加しておくと良いだろう。日本語版の説明用シグネチャを用意しておくので、コピーし、メールの署名などに付けて活用していただきたい。

OpenSubject: メールで議論をする方法

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答:質問への答え

報: 返信は不要です

是非: Yes/Noで答えてください

添付: 添付ファイルが大事

単問: 質問は1つです

複問: 質問は複数あります

保存: 保存しておいてください

情報: 知っておいて下さい

要返: 返信を待ちます

日返: 今日中に返事ください(週返、月返)

回覧: 読み終わったら回してください

説明: 説明します

推薦: お勧め

叩: 叩き台です

More information: http://www.itmedia.co.jp/bizid/articles/0708/08/news002.html


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