25年前、筆者が子供たちを連れてプールに行ったとき。プールサイドを走り回っていた次男の姿が消えた。プールから上がりかけていた筆者の一瞬の隙――だった。
25 年前、筆者がサウジアラビアに駐在していたとき、長男と次男を連れてゲストハウスのプールに行った。長男は小学校1年生で、次男はまだ4歳のころである。筆者は長男に泳ぎ方を教えていた。前日は、同じプールで初めて次男にも水泳のてほどきをした。次男の手を持ち、足をバタバタさせて泳ぎの真似ごとをさせたのだ。その日、泳ぎを教えた長男は自由に遊んでいて、次男はプールサイドを走り回っていた。
1時間ほど泳いだ後、筆者は長男が浮き輪で遊んでいるのを確認してプールから出た。サウジアラビアの太陽は強烈。気温はゆうに40度を超える上、砂漠の国であるから極度に乾燥していて、プールでお互いに水をかけあうと、水が空中を飛ぶ間に蒸発する。プールから上がると気化熱を奪われ、瞬間的にびっくりするくらい体が冷えるのである。プールを出た筆者はブルブル震えながら、駆け足でゲストハウスに向かった。階段を2、3段上がったところの扉を開けて家に入ろうとしたとき、フッと何気なく後ろを振り返ったのである。
ぎらぎら光る太陽の下でプールの水が乱反射していた。筆者は近眼で通常は眼鏡をかけている。だから細かく見えなかったが、プールの端近くにかすかに何かが見えた。じっと見ると、それは小さな手だった。パッと開いた手のひらが、10センチほどだけ水面の端に見えていた。
「わああ」。気付くと筆者は叫びながらプールに向かって飛び込んでいた。溺れかけていた次男を引き上げたのである。次男は無事だった。泣いてもいなかった。水を呑んでもいなかった。
どうやら筆者がプールを出た後、次男はプールサイドから服を着たまま落ちたのだった。次男は前日に教わったように、必死になって足をばたつかせ、手を水面の上に出していたのだった。出していなかったら、太陽の反射でプールに落ちた次男の姿はまったく見えていなかっただろう。それにあの時、筆者がドアのところで振り返らなかったら、25年たった今も筆者は後悔していたはずだ。ちょっと振り返るか、振り返らないかで人の命が決まってしまう――のである。
これほどの重大なことでなくても、日常の仕事や生活で、ちょっと振り返っただけで助かったことは何度もある。タクシーから降りるとき、閉まったドアのガラス越しに覗き込んだら、財布が車の座席の間に落ちていたこともある。財布が100円玉だったり、文庫本だったこともある。筆者はこう見えても忘れ物ばかりしているのだ(だから、振り返るクセがついたとも言える)。
レストランで支払いを済ませて後ろを振り向いたら、いつも持ち歩かないハンドバッグが椅子の背もたれに掛かっているのを見つけたこともある。家から出るとき、ガス、電気などを、振り返ってチェックすることも重要だ。筆者は、かなり神経質で慎重なところがあるためか、ことの最後は必ず振りかえってみることを励行している。振り返るときに、タクシーでも電車でも、長時間乗った飛行機でも、座席の上や座席の下をあえて覗きこむことにしている。電車の網棚はもちろん、飛行機の座席の上の棚にも要注意だ。特に飛行機の棚は外から中の様子を確認しにくい。棚に手を伸ばして、何もないことを確認したりもする。
現在では携帯電話1台を電車に忘れても、端末の電話帳から個人情報漏洩が問題になる。さらに重要な機密情報が含まれるPCを紛失してしまえば、とんでもない大問題になるだろう。だから、何か忘れ物していないかを振り返り、指さして「何もなし」と確認する。「振り返り確認すること」もビジネスと人生の危機管理なのだ。
No. | 場所 | やり方 | ポイント |
---|---|---|---|
1 | 自宅 | 家の中のチェックポイントを決めて、そのコースを指さし歩く。台所のガス、電気、コーヒーメーカーの電気、リビングエアコン、書斎のプリンタ、窓の鍵。玄関の扉に鍵を閉め、右手で鍵のロックを確認 | すべて指さし点検 |
2 | 会社 | 机の上を確認。書類の間に挟まっていないか | 指さしはするが、声は出さない。明朝一番の仕事は、ポスト・イットで電話機に貼って帰る |
3 | 電車 | 降りるときは座席の上下を見る。レストラン、喫茶店なども同じ | 飲み会でも通用する |
4 | 出張 | 荷物は絶対に離さない。新幹線の中では大事な手提げカバンはトイレにも持ち込む | − |
仲睦まじく付き合っていた恋人と口論し、決別を覚悟で数歩離れて振り返ってみたら――。あんな恐い顔で怒っていた恋人の目に涙を見つけることもあるのではないだろうか。もちろん、アッカンベーされていることもあるだろうが。人生はとにかく振り返りながら過ぎていくのだ。さあ、振り返りを練習しよう。
振り返ればヤツがいる――。
1946 年京都生まれ。大阪外大英語卒、三井物産入社。ナイジェリア(ヨルバ族名誉酋長に就任)、サウジアラビア、ベトナム駐在を経て、ネパール王国・カトマンドゥ事務所長を務め、2004年8月に三井物産を定年退職。在職中にアイデアマラソン発想法を考案。現在ノート数338冊、発想数26万3000個。現在、アイデアマラソン研究所長、大阪工業大学、筑波大学、電気通信大学、三重大学にて非常勤講師を務める。企業人材研修、全国小学校にネット利用のアイデアマラソンを提案中。著書に「金のアイデアを生む方法」(成美堂文庫)、「できる人のノート術」(PHP文庫)、「マラソンシステム」(日経BP社)、「稼ぐ人になるアイデアマラソン仕事術」(日科技連出版社)など。アイデアマラソンは、英語、タイ語、中国語、ヒンディ語、韓国語にて出版。「感動する科学体験100〜世界の不思議を楽しもう〜」(技術評論社)も監修した。「アイデアマラソン・スターター・キットfor airpen」といったグッズにも結実している。アイデアマラソンの公式サイトはこちら。
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