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» 2008年08月20日 08時30分 UPDATE

奇跡の無名人たち:第1回 引き受けるんじゃなかったよ (1/2)

「奇跡の無名人 震える膝を押さえつけ」――。ある営業所の若い女性が起こした小さな奇跡。営業経験がなく、日本語が達者じゃないのに法人営業に成功した話が始まります――。

[森川滋之,ITmedia]

 東京から1時間ぐらいの距離にある地方都市C市の中心街。パーティションだけで仕切られた形ばかりの所長室には西陽が差し込んでいた。安普請のオフィスからはベニヤ板のにおいがする。

 「こりゃあ、やる前から負けだわ」

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奇跡の無名人たち バックナンバー

自分も「営業したい」と言ってきた若い女の子

 吉田和人は、雇われ営業所長だ。マイラインのキャンペーンのために某電話会社が全国100カ所に臨時の営業所を作った。社員だけでは間に合わないので、何カ所かは和人のような雇われ所長がいる。

 マイラインをご存じない読者もいるかもしれない。電話番号の先頭に「00」で始まる4桁の番号を入れると、利用する電話会社を選べる(一部6桁もあり)。マイラインとは、その4桁の番号をいちいち入れなくても、あらかじめ登録された電話会社の回線が選ばれるサービスである。

 この4桁の番号を毎回いちいち入れるのは面倒だから、利用者にとっては便利だが、電話会社から見たら死活問題だ。なので各社は、ときどきシェア奪回のため、キャンペーンを行った。あなたの家にも、マイラインをうちにかえていただくとお安くなりますという営業の電話がかかってきたことがあると思う。

 最初のシェア争いがもっとも苛烈だったのはいうまでもない。全社一斉にキャンペーンを打ったからだ。和人はそのときに、あるエリアでトップ営業になった経験がある。それも数カ月連続でだ。そのときは派遣社員だった。派遣契約が終わった後、ライバル会社でもマイラインを売り、同様にトップ営業になった。

 こう聞くと和人は営業の天才だと誰もが思うだろう。正しくは彼は営業の方法論を作る天才である。営業は根性や経験ではない、というのが和人の持論だ。持論の裏付けはある。

 スタッフには若い女の子もいた。会社側がたぶんキャンペーンに花を添えるためだけに雇ったその子は、自分も「営業したい」と和人に相談に来た。そして、和人の作った営業ツールで、営業所で2位の成績を上げた。営業は根性や経験でない証拠だ。正しいことをやれば誰でも売れる。競争させたり、ノルマで縛ったり、コミッションで尻をたたいたりする必要は本来はない。

また所長をお願いできないですか

 某電話会社の営業本部の人間がそのときの実績を覚えていて、和人の自宅に電話してきた。

 「吉田さん。またマイラインを売るんですけど、営業所長をお願いできないですかね」「場所はどこですか?」「T市とW市とC市がまだ決まってないんです」

 いったんは断った。和人はあまり体が丈夫でないので、遠距離通勤がこたえるからだ。自宅の横浜からはどこも2時間かかる。しかもT市は新幹線を使ってだ。

 1週間後、また電話がかかってきた。T市とW市は決まったのだけど、C市だけがどうしても決まらない。吉田さんしか頼れる人がいないんですよ、と。「シェア奪還の営業だから、ベテランでないと難しいと思うけど……」「それなら大丈夫。吉田さんのために優秀なメンバーを集めましたから」

 そこまで言われると断れない。任期は半年だけど、3カ月もあれば後任に引き継いで勇退できるだろう。

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