そんなにまでしてつぶしたいのか?大口兄弟の伝説(1/2 ページ)

「今回だけは特別に不問にします。ただし……」という営業本部長の田島が続けたのは、「来月の営業コンテストで1位になること」。営業所に戻った吉田和人は「この話、みんなにどうやって伝えたらいい?」と悩むばかりだった。

» 2008年11月19日 13時35分 公開
[森川滋之,ITmedia]

あらすじ

 ビジネス小説「奇跡の無名人たち」第1部の続編「大口兄弟の伝説」――。吉田和人の営業所では、今月の目標達成は問題なさそうだった。だが、タカシとショージの大口兄弟だけが、まだ結果を出していなかった。そんな中、営業本部に呼び出された和人。現れた営業本部長の田島は、営業体制を変更したことなどを理由に和人を責める。「今回だけは特別に不問にします」という田島だったが、それに続く田島の言葉を聞いて、和人は絶句してしまった。


 田島はこう言った。

 「来月から営業コンテストを実施します」

 「はあ、コンテストですか」。和人がオウム返しに応える。

 「先月来ていただいたときにも申しましたが、100営業所は多すぎると言うのが営業統括役員の意見です。そこで営業所を70に減らすことにしました」

 「え?」

 「上位70位までの営業所で、95%の契約を取っていることが分かりました。人件費などを考慮すると、下位30位の営業所は廃止するほうが得策だという意見でまとまりました」

 「……」

 「C営業所は廃止の方向で検討しています」

 「なぜですか?」

 「4月からの累計で70位以内に入っていないからです」

 「これから飛躍的に伸びる予定なのですが」

 「ならば、来月のコンテストで証明してもらいましょう。全国1位になれば存続します」

 「1位? なんで1位でないとダメなんですか?」

 「本部は、体制とツールを勝手に変更したことを重く見ています。そこまでするからには、よほどの自信がおありということでしょう。ならば、1位になって、あなたの正しさを証明してください」

 「ちょっと待ってください。それは決定事項なんですか?」

 「決定事項です。お話は以上。1位獲得を期待しています。では、次がありますので」

 言うだけ言うと、振り返りもせず、田島は去っていった。

 和人は、営業所へ向かう電車の中で、胃がムカムカしてきた。部員に余計なプレッシャーは掛けたくないが、今度ばかりは正直に伝えるしかない。

 途中のM駅で我慢できなくなり、電車から飛び降りてトイレで吐いた。2カ月半のストレス続きですっかり胃が荒れてしまったようだ。このままだと胃潰瘍になるな……。

 吐けば胃はすっきりしたが、どうやって伝えようかと考えると、今度は頭が痛くなってきた。自分が営業をしているほうがよっぽど気楽だ。和人は部下にプレッシャーを掛けることが最もストレスになる男なのだ。

 こういう経緯で営業所についてからも、ずっとため息をついていたのだった。

 「なんだか、ムチャクチャ顔色が悪いですね」。アネゴがお茶を持って、所長室に入ってきた。

 「ああ、アネゴか。そう? 顔色悪い?」

 「鏡を見てきたらどうですか?」。進歩がない。また、部下に顔色を読まれてしまった。

 「ラッキョウに何を言われたんですか?」

 「ラッキョウ?」

 「営業本部長のことです」

 田島の下膨れな顔を指しているようだ。うまいことを言う。和人に笑顔が戻った。

 「いよいよ、腹を括らないと行けなくなった。来月に営業コンテストが開催される」

 「あら、望むところじゃない。1位は無理でも10位以内には入れるんじゃないですか?」

 さすがに毎日契約本数を見ているアネゴである。和人と同じヨミだ。

 「うん。でも10位以内じゃだめなんだ」

 「え?」

 「体制や営業ツールを本部に無断で変更したことがバレた。田島本部長はお怒りだったよ。1位でないと許してくれないんだそうだ」

 「そ、そんな、バカな」

 「食い下がったさ。でも、決定事項のひとことだった」

 「そんなにまでして、つぶしたいの?」

 「うーん。どうもそうらしい。なあ、アネゴも1位は無理と思うか?」

 「さっきのは言葉のアヤです。不可能とは思いません。でも、もう1カ月先だったら……」

 和人も同感だった。再来月ならがんばればいけるかもしれない。

       1|2 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

注目のテーマ