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» 2008年12月04日 11時30分 UPDATE

樋口健夫の「笑うアイデア、動かす発想」:パーソナルな海外進出 語学留学編

大学時代、イギリス連邦の経済を専攻していた筆者はオーストラリアに留学した。デパート、石炭商社など、留学先でもビジネス力を養ったのである。

[樋口健夫,ITmedia]

 学生でもビジネスパーソンでも、現地の語学に自信がなければ、まず語学留学することをお勧めしたい。どこの国に行っても、その国の言葉を話せなければ文字通り「話にならない」からだ。

 現地の語学と社会を理解するには、一定期間学生になるのがベストだ。学生には年齢の限界はないが、やはり30歳前後までなら、現役の学生たちにごく自然に溶け込める。人生のうち1〜2年間の学ぶ期間を余分に作っても、不利になることはまずあるまい。これまでの人生で経験したことのない初めての場所での留学は、効率のいい知的向上が見込める。

 もう1つとても大切なことがある。学生の身分は、ほぼどこの国にいてもある程度は保護される。言い方を変えると「小さな特権階級」だということ。この特権階級では、お金がないこともある程度許容される。例えば、各種学生割引の存在だ。この点では、程度は異なれど世界共通だと思う。

オーストリアに留学した筆者

 筆者の場合は、イギリス連邦経済を専攻していたので、オーストラリアに留学した。1966年のことだ。1ドル360円時代で、当時は1人あたりの外貨の持ち出し制限があったが、もともとお金がなかったので筆者には関係なかった。当時、日本からオーストラリアに行く貨物船に乗せてもらおうと、大阪市内の船会社に頼み込んで巨大な石炭船で渡豪した。大阪外語大学3年の時だ。

 大阪外大を休学して学生のまま留学して、シドニーの大学で2年過ごした。筆者のスポンサーになってくれたのは、日本青年会議所から紹介を受けたオーストラリアの国会議員。経済学を学びながら仕事をしていた。筆者は働きながら学んでもよいという、今で言うワーキングホリデイのような査証を貰っていた。

 その間、さまざまな仕事についた。最初はデパートの店員。棚に商品を並べたり、レジの補助をしたりするのが仕事だ。昼食のサンドイッチは、同僚が特大を作ってくれていたので、最高に美味しかったのを覚えている。同じデパートの玩具売り場で働いたこともある。子供用の自転車やスケートを組み立てたり、不足の品物を補充していたりした。

 玩具売り場で出会った家族が日本との貿易をしているオーストラリアの商社の社長で、彼の会社にスカウトされた。日本に石炭を輸出する仕事で、デパートの店員よりも給料がよかった。おかげで学費を支払っても、貯金がたまり出した。当時の給料は日本のサラリーマンよりもはるかに高かったように思う。

中断がよかったのか悪かったのか……

 留学も仕事も順調だった。オーストラリア人の友達もいたし、現地の日本企業から、駐在事務所で働かないかと誘われたこともある。実際、日本の商社のアルバイトもやった。留学2年目の終りころ、オーストラリアに帰化しようかと考え始めたとき、大阪外大の主任教授から「大学紛争(1968年から69年)が激しくなる前に、早く帰国するように」と連絡が入った。さんざん迷ったあげく、帰国した。

 シドニーの大学も中断、仕事も中断、友達も生活もすべて中断して、2年ぶりの帰国し、大阪外大に復学した。あのままオーストラリアに滞在を続けていたら、筆者の人生は全く違っていただろう。まずはオーストラリア人と結婚して、市民権を取り、十中八九日本との貿易関係の仕事をしていたはずだ。あの中断がよかったか悪かった分かりかねるが、就職先に三井物産を選んだのは、物産がオーストラリアで大きなビジネスをしていたからだ。

 どこの国に行くにしても、その国の言葉を学ばずして、その国と人を理解することはできない。商社の海外駐在で、19年間過ごしたが、サウジアラビアに駐在した時には、大学に通ってアラビア語を学んだし、ベトナムに駐在した時は、到着翌週からほぼ毎日、早朝に大学の先生からベトナム語の指導を受けた。ネパールでも同じだった。

 学び始めると、あいさつに始まって、自己紹介、そして営業の仕事も現地の言葉でできるようになる。できれば同じ学ぶ仲間も欲しい。そういう学友や友達と新しいビジネスを立ち上げると楽しいぞ。そして、その国を大好きになり、素晴らしい人生の始まりだ。

今回の教訓

駅前留学じゃダメ? ですよね……。


著者紹介 樋口健夫(ひぐち・たけお)

 1946年京都生まれ。大阪外大英語卒、三井物産入社。ナイジェリア(ヨルバ族名誉酋長に就任)、サウジアラビア、ベトナム駐在を経て、ネパール王国・カトマンドゥ事務所長を務め、2004年8月に三井物産を定年退職。在職中にアイデアマラソン発想法を考案。現在ノート数338冊、発想数26万3000個。現在、アイデアマラソン研究所長、大阪工業大学、筑波大学、電気通信大学、三重大学にて非常勤講師を務める。企業人材研修、全国小学校にネット利用のアイデアマラソンを提案中。著書に「金のアイデアを生む方法」(成美堂文庫)、「できる人のノート術」(PHP文庫)、「マラソンシステム」(日経BP社)、「稼ぐ人になるアイデアマラソン仕事術」(日科技連出版社)など。アイデアマラソンは、英語、タイ語、中国語、ヒンディ語、韓国語にて出版。「感動する科学体験100〜世界の不思議を楽しもう〜」(技術評論社)も監修した。「アイデアマラソン・スターター・キットfor airpen」といったグッズにも結実している。アイデアマラソンの公式サイトはこちらアイデアマラソン研究所はこちら


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