システム手帳を基本としながらも、2週間を一望できる独自のスライド機構が注目を集めるスライド手帳。そのアイデアはどうやって生まれ、どんなプロセスで製品化されたのか。開発者の佐川氏に聞いた。
手帳といえば、自分に合ったものを探して使うのが一般的だが、それに満足できない人が自作するケースも多い。スライド手帳を開発した、あたぼうの佐川博樹氏も、そんな1人だ。
スライド手帳の最大の特徴は、常に最新の2週間を一望できるようになっている点。システム手帳のリングとリフィルを使い、利用時にリフィルをスライドさせることで最新の2週間を参照できるようになっている。
この手帳はどんな背景から生まれ、どのようにして製品化されたのか――。佐川氏に聞いた。
佐川さんの手帳遍歴はシステム手帳から始まった。そして実にいろいろなタイプの手帳を試してきた。PDAを利用した時期もあったという。
新卒で就職して13年目に佐川氏はコンサルタントとして独立。会社のグループウェアによる管理から解放されたのを機に、自身でスケジュール管理をするようになり、普通の大学ノートを皮切りにさまざまなノートを試すようになった。ルーズリーフ式の手帳(レフト式)も使ってみたが、「見開き1週間しか見られなかったので、(仕事の)納期遅れが起こってしまったんです」と佐川氏。そこで長期間を一望できる有名な手帳を購入したが、「最後の週になると記入用紙をめくらないと次の週が見えないことが分かったので続かなかった」(佐川氏)と振り返る。
ここから、“常に長期を展望できる手帳”の模索が始まった。
最初に思いついたのが、“B4四つ折りフォーマット”だった。B4の紙を横において4つ折りにし、中央の折れ目の部分にリング用の穴をパンチで開けた。そして1面ごとに1週間分の記入欄を用意した。このフォーマットはExcelで作成。このとき、B4の紙に印刷できるよう、大型のプリンターを12万円で購入したという。
このタイプで長期の展望ができるようになったが、課題も見えてきた。3、4週目になると先が見えないのだ。そこで右ページの端に穴をあけ、リフィルが保持されている位置を動かす(スライドする)機構を思いついた。スライド手帳の原型が生まれた瞬間だった。
このアイデアが出た後にも、今度は手帳の開き方に課題があることが分かった。取引先の前で手帳のページを左右に大きく広げると、相手に見せたくない情報まで見えてしまい、コンサルタントの業務にはそぐわないように思われたのだ。そこで「いったい自分は何週間を見られればいいか」を改めて考え、2週間の予定を確認できればいいという結論に至った。そこでB5のバインダーを8万円でオーダーし、コレクト製のレフト式ルーズリーフを利用して両側に穴を開けて使い始めた。これが現在のスライド手帳の原型になった。ルーズリーフかシステム手帳を利用し、予定記入欄の左右に穴がある形はここで固まった。
この時点で佐川氏に、スライド手帳を市販しようという意思があったわけではなかった。その背中を押したのは2人の仕事仲間だった。佐川氏は2008年ごろから年に一度、同業の中小企業診断士の先輩2人と会合を持っていた。石川や京都など、場所はその時々で変わり、それぞれの事業計画を発表してアイデアを出し合っていた。2010年12月の会合でスライド手帳を見せたところ、2人から「売ったら」と言われた。売れるのではないかとうすうす考えていた佐川氏は、まずはネット販売を開始した。デザインはExcelで自作したもので、本人いわく「べたべたのフォーマット」(佐川氏)。日付は自分で記入する方式だった。
サイトは2本立てで展開した。「スライド手帳.com」は、ブログ形式でスライド手帳の情報を伝えるサイト。そして販売サイトは「おちゃのこネット」という、月額数百円からオンラインショップを構築できるサービスを利用して別に用意した。
実はこの少し前に、筆者は佐川氏と初めて会っている。筆者が主催している手帳オフ会の2010年の回に初めて参加したのだ。このとき、佐川さんは参加者の1人からある指摘を受ける。「このアイデアは見たことがある」。システム手帳のリフィルの両側に穴を開けたアイデアはすでにあったというのだ。
調べてみると、資格三冠王として知られる黒川康正氏の書籍に登場していた(※1)。ただアイデアは同じものの、発想も目的もまったく異なっていた。黒川氏のアイデアでは、リフィルに穴を開けるのはシステム手帳特有のリングに手があたる問題の解決のためだったのだ。佐川氏は自分のアイデアのオリジナリティにあらためて確信を持った。
※1 書籍では両側に穴を開けて、まず右のページに書く。そしてページをひっくり返してもう一度綴じて書く。こうすることでリフィルは常に右側にありリングに手が干渉することなくかける
スライド手帳は2011年には、手帳特集号が売れることで知られる「日経ビジネスアソシエ」(2011年11月号)や、文具を特集したムック「すごい文房具ゴールデン」(2011年発売)にも登場している。
これと前後して佐川氏は、デザインや日玉の問題にも着手した。デザインは、手帳オフ会で知り合ったデザイナーに依頼し、Excelによる自作フォーマットをデザイン性の高いものにブラッシュアップした。それと同時にバリエーションを増やし、それまでのレフト式(※2)、バーチカル式に加え、2つの新たなフォーマットを用意した。1つがバーチカル式を90度横に回転させた「ヨコ」。もう1つが日付欄がリフィルの右側にある「ライト式」だ。
※2 一般の手帳におけるレフト式とは、見開きの右ページがメモ欄になっているもの。これに対してスライド手帳のレフト式とは、リフィルの左側に日付欄があるものをそう呼ぶ
日玉の問題は、意外な解決策がもたらされた。日付がブランクになっている手帳は、いつからでも使いはじめられるのがメリットだが、逐一手書きしなければならないのは煩わしい。そこで手帳オフ会の仲間が「PDFで日玉のデータを提供して印刷してもらうようにしよう」と提案した。このアイデアは、手帳オフ会の仲間が手分けして各社のプリンターでテストを実施。取材時点ではすでに2014年分のデータが提供されているという。
こうしてスライド手帳は市販され、改良されていった。
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