部下の考えをもっと聞きだしたいのに、あっさりした会話で終わってしまう――。こんな時、ちょっとした会話のテクニックを使うことで、部下がうまく説明できるよう導くことができる。
職場のコミュニケーションに悩んでいる人も多いのではないでしょうか。「上司にこんなことを言ったら怒られるかもしれない」「部下には気をつかってしまうし」――。
本コラムでは、職場で役立つコミュニケーション術をご紹介します。具体例を挙げながら「なるほど! こういうやり方があるのか」「これなら自分でもできるかもしれない」と感じてもらえるよう、筆者が見聞きした出来事をちりばめています。
明日から……ではなく、いますぐに試すことができる「コミュニケーションのヒント」をご紹介しましょう。
「話すのと聴くのではどちらが得意ですか?」あるいは「話すのと聴くのではどちらが苦手ですか?」と質問すると、たいていの方が、「聴く方がまだまし」「話すのは難しい」と言う。
「上手に説明するのは難しい」「言いたいことを伝えるのはテクニックがいる」「話す“中身”だって必要だし」と、「話す」ことに対する苦手意識を持つ方は多い。「聴く」ほうはどうかというと、「聴くのは、さほど難しくない。相手が話してくれるわけだから」「自分は“聴く”だけだから、話すよりは楽」という答えが返ってくる。
しかし、実は話すのと同じように聴くのも難しい。聴いているつもりでいても、自分が思っているほど相手の話をきちんと聴けていないこともある。なぜかというと、人は話を聴きながら、“自分はその話にどう反応すればいいか”を考え始めてしまうからだ。
例えば、こんな会話を例に考えてみよう。
A:「風邪だと思うんだけど、体調悪くてしばらく休んでいたんだ」
B:「あ、それは大変だったね。熱、出た?」
A:「熱は出た」
B:「高熱? 節々が痛くなったりした?」
A:「いや、節々が痛くなるなんてことはなかったけど」
B:「頭痛はあったでしょう?」
A:「頭もさほど……(なんかこう決めつけるなあ)」
B:「じゃ、鼻水だ、あと、喉とか」
A:「鼻水もそんなになかったかな」
B:「インフルエンザの検査した? しておいたほうがいいよ」
A:「(うーん)そういう類ではなさそうだったから、病院にはいかなかったんだ」
B:「病院、行かなきゃ」
A:「でも、もう治ったし……」
B:「次は病院に行くんだよー」
A:「う、うん……(説教された……苦笑)」
Aさんが「体調不良で休んでいた」と言っただけで、Bさんは、自分の知識や経験を総動員し始める。例えば、「冬のこの時期は、風邪もインフルエンザも流行るからなあ」「この間自分が風邪を引いた時は、高熱が出て節々も痛かったもんなぁ」「風邪といえば、もしかするとインフルエンザの可能性のあったのかな」「喉や鼻水という症状が出る場合も多いよね」などとぐるぐると考え始めてしまう。
だから、「風邪だと思うんだけど」と言われただけで、上記のように頭に思い浮かんだ様々な質問を相手にぶつけてしまう。そんな時の質問は、クローズなものになりやすい。クローズな質問とは、「はい/いいえ」で答えられるようなタイプのものを指し、意図せず会話の方向性をコントロールしてしまうことが多い。
この時、相手がたくさん話すことになる「オープンな質問」を使うとどうなるだろうか。先ほどの会話を再現してみよう。
A:「風邪だと思うんだけど、体調悪くてしばらく休んでいたんだ」
B:「あ、それは大変だったね。どんな症状だったの?」
A:「全身がだるくてだるくて」
B:「だるくなってしまったんだ。それ、どれくらい続いたの?」
A:「2日くらいかな。起き上がるのも億劫になって」
B:「うわ、そりゃ気の毒だったね。ほかの症状は?」
A:「熱は大したことなくて、喉が少し痛かったくらいかな」
B:「喉か。熱もあったんだぁ。どれくらい?」
A:「37.5℃くらいだったかな、最高でも」
B:「そうか。で、今はどうなの?」
A:「もうすっかりよくなって」
B:「よかったね」
A:「ありがとう」
この例は、体調不良だったAさんにどんどん話をさせている。最初の会話の例では、Bさんがまず先に考えてしまい、自分の考えた範囲内で質問している。そのため、Aさんが考える間も与えられず、自分で言いたいことも言いきれずに会話だけが進行してしまう。後者の例では、Bさんは純粋に聴き手に徹し、Aさんがうまく説明できるよう導いている。
こうした会話は上司と部下の間でも十分に起こりうる。部下の話を聴く上司は、より一層、自分で先回りして考えがちだ。よく考えた上で質問をしたり、場合によっては、質問さえさせず、意見を述べてしまったりしやすい。
上司:「今年1年を振り返って、自己評価はどうですか?」
部下:「目標にしていたことはほぼできたと思います」
上司:「そうだね。○○もできたし、××も終わったし。ただ、△△は手が付けられていないね」
部下:「え、えぇ……、そうです。△△が完遂できなくて」
上司:「そこが次の年度の課題の一つになるね」
部下:「はい」
これは部下に考えさせるのではなく、上司が考え、会話を先取りしてしまった例だ。こんなシーンでも部下に語らせるほうが、より部下自身の課題を考えさせるきっかけになる。
上司:「今年1年を振り返って、自己評価はどうですか?」
部下:「目標にしていたことはほぼできたと思います」
上司:「そうだね。具体的には、何ができたか、具体的に説明してくれる?」
部下:「○○と××は予定通りに完遂しました。」
上司:「そうだね、それは私も同じように見ているよ」
部下:「ただ……」
上司:「ただ?」
部下:「△△は手を付けることができなくて」
上司:「△△は、未着手なのだね。何が要因になったのかな?」
部下:「急な対応で□□を先に手掛けることになったものですから」
上司:「優先順位が変わったのだから、それは仕方ないね。でも、□□はできたわけだから」
「聴く」というのは本当に難しい。冒頭で述べたように、どうしても聴きながら考えはじめてしまうからだ。考えに基づいて質問や意見を言いたくなるところを“ぐっと我慢”して相手に話させるには、相手の話を「自分は分かっている」というスタンスに立つのをやめることが重要だ。
虚心坦懐に聴こうとする――。とても難しいことではあるが、誰もが心がけていたいことである。
グローバルナレッジネットワーク株式会社 人材教育コンサルタント/産業カウンセラー。
1986年上智大学文学部教育学科卒。日本ディジタル イクイップメントを経て、96年より現職。IT業界をはじめさまざまな業界の新入社員から管理職層まで延べ3万人以上の人材育成に携わり27年。2003年からは特に企業のOJT制度支援に注力している。日経BP社「日経ITプロフェッショナル」「日経SYSTEMS」「日経コンピュータ」「ITpro」などで、若手育成やコミュニケーションに関するコラムを約10年間連載。
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