新人や後輩を叱ったり注意したりするのは、勇気が要ることだ。しかし「本人のため」を思い、「今、言うべきこと」を伝えたら、その言葉は相手に響くはずだ。
職場のコミュニケーションに悩んでいる人も多いのではないでしょうか。「上司にこんなことを言ったら怒られるかもしれない」「部下には気をつかってしまうし」――。
本コラムでは、職場で役立つコミュニケーション術をご紹介します。具体例を挙げながら「なるほど! こういうやり方があるのか」「これなら自分でもできるかもしれない」と感じてもらえるよう、筆者が見聞きした出来事をちりばめています。
明日から……ではなく、いますぐに試すことができる「コミュニケーションのヒント」をご紹介しましょう。
間もなく2014年度の新入社員が入社する。新人が配属される職場は、なんとなくそわそわしているのではないだろうか。この時期、新人が緊張するのはもちろんだが、受け入れる先輩社員も新年度のスタートということで、意識が改まるものだ。
新入社員や若手社員を「ビジネスパーソン」として一人前にするためには、上司や先輩からの指導やフィードバックがとても大きな意味を持つ。
いくつかの例を挙げてみよう。
「新人時代、頬づえをつきながら、片手でマウスを動かして操作していたところ、たまたま脇を通った上司に、『ひじをつかない! 真面目に仕事してないように見えるからダメだよ』と注意されました」――。こう話すのは、入社3年目の女性。彼女はそれまで“真面目に仕事をしているかどうか”が重要で、“仕事をしているように見えるか見えないか”は、さほど気にしていなかったという。注意されてからは、“他者から見える自分”も大事なのだと分かり、見た目に気をつけるようになった。
別の男性は、新人時代に面倒を見てくれた先輩が、とても厳しい人だったという。彼は少し“生意気”な新人で、言われた通りにやらなかったり、簡単に思える仕事を適当にこなしたりしていたらしい。先輩からはたびたび、「仕事の大小に関係なく真剣にやれ」と言われていたが、自分が「楽勝!」と思える仕事は、軽く扱っていた。そんなある日、小さなミスをして先輩のところに報告と詫びに出向いたところ、先輩は顔も上げずに、ただ一言「明日から来なくていいから」と言ったそうだ。
「先輩は本気で怒っている」――。そう感じた彼は、深く頭を下げて自席に戻った。彼はこの時、初めて、“生意気な自分”に気づき、どんな仕事でもしっかりやろうと心から思ったという。
入社4年目になった彼は、こういう。「“来なくていいから”と言った先輩は、今でも怖い存在ですが、それでも仲良く同じプロジェクトで仕事させてもらっています」。すっかり先輩のいい相棒になっているようだ。
この2つの例は、上司や先輩が「よくぞ言った」と思える話だ。
上司や先輩は、「パワハラと思われるのではないか」「泣かれたら困る」「メンタルに影響したらどうしよう」などといったさまざまな懸念から、叱ったり注意したりできないことも多いようだ。だから、こういった例を聞くと、「ずいぶん勇気が要っただろうなあ」と想像してしまう。
注意された後輩は、いずれも「ありがたかった」「よく言ってくれたと思う」と感謝していた。言われた時点では、かちんと来たり、反発を感じたりしたかもしれないが、後になって、「そんな風に言ってもらえて本当によかった」と思っているのだ。
「これを伝えたほうが本人のためになる」と確信できるとき、上司や先輩の言葉は価値を持つ。根底に愛情や相手の成長を願う気持ちさえあれば、それは相手に伝わるものだ。後輩にしても、そんな先輩の気持ちを感じることができるからこそ、「ありがたい」と心から思えるのだ。そしていつか、自らが先輩の立場になって、後輩に厳しい指摘をした時に、また改めて先輩の気持ちが分かることだろう。
思い起こせば、私自身にも似たような経験があった。交通費精算の書類を書いてリーダーに提出した時のことだ(20年以上前は手書きだった)。その書類はすぐ、リーダーから返された。
「不備がありましたか?」と尋ねると、「いや、間違っていないけど、字が乱暴だから」と言う。
「読めませんか?」
「読めるけれど、これ、田中さんが丁寧に書いた字じゃないでしょう? 丁寧に書いて下手なら仕方がないけれど、もっときれいに書ける人が明らかに走り書きしていると思ったから、突き返しているんだ。直して」――。上司は毅然としてそう言った。
書き直して再提出した後、じわじわと「この先輩、すごいなあ」と思えてきたのだ。
私が同じ立場だったら、後輩にムッとされるのではないか、反論されるのではないかと考え、「読めるから、ま、いいか」と思ってしまいそうだ。それを当時のリーダーは、わざわざ私の席まで書類を持ってきて、書き直せと言ったのだ。自分の時間がよりとられるような指摘は、私のためを思わない限りできないことだ。
上司や先輩は、後輩たちの「今」を見るだけではなく、「これから先」も視野に入れて、接する必要がある。今後、後輩たちがどうなっていくのかを想像しながら、「今、言っておかねばならないこと」は、覚悟を決めて伝える。それが相手のためでもあり、組織のためでもある。ためらわずに伝える勇気を持って新年度を迎えたい。
グローバルナレッジネットワーク株式会社 人材教育コンサルタント/産業カウンセラー。
1986年上智大学文学部教育学科卒。日本ディジタル イクイップメントを経て、96年より現職。IT業界をはじめさまざまな業界の新入社員から管理職層まで延べ3万人以上の人材育成に携わり27年。2003年からは特に企業のOJT制度支援に注力している。日経BP社「日経ITプロフェッショナル」「日経SYSTEMS」「日経コンピュータ」「ITpro」などで、若手育成やコミュニケーションに関するコラムを約10年間連載。
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