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» 2016年06月10日 08時00分 UPDATE

杉山淳一の「週刊鉄道経済」:2度死んだ観光車両、3度目の再生はあるのか? (1/3)

全国で登場した観光列車のほとんどは旧型車両の改造車だ。現在も華々しく新しい列車が発表される一方で、実は廃車も始まっている。走行には耐えられないとしても内装は新しい。そんな観光車両はどうなるか。3度目の再生はあるだろうか。

[杉山淳一,ITmedia]

杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)

1967年東京都生まれ。信州大学経済学部卒。1989年アスキー入社、パソコン雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年にフリーライターとなる。PCゲーム、PCのカタログ、フリーソフトウェア、鉄道趣味、ファストフード分野で活動中。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。著書として『知れば知るほど面白い鉄道雑学157』『A列車で行こう9 公式ガイドブック』、『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。 日本全国列車旅、達人のとっておき33選』など。公式サイト「OFFICE THREE TREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」、Twitterアカウント:@Skywave_JP


 熊本県のくま川鉄道は、観光車両として活躍した「KUMA1」「KUMA2」を今年度中に廃車する。同社の公式サイトによると、5月から最終運行期間となっており、残りの運行日は6月12日、19日、26日の予定だ。

くま川鉄道観光車両「KUMA1」。後方は「KUMA2」 くま川鉄道観光車両「KUMA1」。後方は「KUMA2」

 KUMA1、KUMA2の運行開始は2009年だから、わずか7年の運行だった。観光車両の寿命は意外と短い。しかしこれは観光車両として改造してからの話だ。内装、外装ともに新しく見えるけれど、製造は1989年で既に27年も経過している。

 ディーゼルカーの税制上の減価償却期間は11年だ。しかし鉄道車両として27年はまだまだ現役。もっと古い気動車はたくさんある。全国で活躍する観光列車の中には、国鉄時代に作られ、30年以上も使われた車両もある。

 ただし、KUMA1の基になったKT-100形、KUMA2の基になったKT-200形は、贅沢(ぜいたく)に鋼材を使った国鉄時代の車両に比べると耐久性に劣る。軽快気動車と言って、新潟鐵工所(現在の新潟トランシス)がローカル線向けに作った規格だからだ。

KUMA1はクロスシートのKT-100形の改造車 KUMA1はクロスシートのKT-100形の改造車
こちらはKUMA2。KUMA1と連結して2両編成となる こちらはKUMA2。KUMA1と連結して2両編成となる

一般車として役目が終わり、観光車両として2度目の死

KUMA2はロングシートのKT-200形の改造車 KUMA2はロングシートのKT-200形の改造車

 軽快気動車は、1980年代に続々と誕生した第3セクター鉄道に向けて製造された。国鉄時代に廃止対象となった赤字ローカル線について、自治体の「鉄道を残したい」という悲願によって継承した。くま川鉄道も国鉄湯前線を継承した第3セクターだ。こういう鉄道会社の「予算は少ないけれど、新型車両で再スタートしたい」という要求を満たすために、軽快気動車は生まれた。部品にバスの規格品を使うなど低コストを追求し、その代わりに耐久性が犠牲になった。

 観光車両として内装を新しくしても、車体や駆動装置が老朽化すれば走行できない。つまり鉄道車両としては使えない。これは改造型観光車両の宿命だ。くまがわ鉄道のKT-100形、KT-200形ともに、観光車両に改造されなかった仲間たちは2014年までに引退している。

 それにしても、KUMA1、KUMA2の内装は古さを感じない。鉄道車両デザインの匠、水戸岡鋭治氏の作品だ。木材と布地を基調とした安らぎの空間である。布地は定期的に張り替えが必要かもしれない、しかし、木の部分は年月が経過するほど風合いが出てくる。廃車、解体はもったいない気がする。

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