連載
» 2016年07月11日 08時00分 UPDATE

池田直渡「週刊モータージャーナル」:自制なきオンデマンドとテスラの事故 (1/4)

テスラの自動運転による死亡事故が大きな物議を醸している。これを機に、今一度、テスラという会社のクルマ作りについて考えてみたい。

[池田直渡,ITmedia]

 「テスラが自動運転で死亡事故」という最初のつぶやきがSNSで回って来たとき、「これは面倒な誤解が広まるぞ」と思った。

 テスラという会社のクルマ作りは、よく言えば大胆、悪く言えば調子の良い安請け合いだ。テスラの本質は「欲望の具現化」にある。電気自動車と言えば「遅い」「長距離を走れない」という印象が支配的であったところへ、常識外れの大容量バッテリーと大出力モーターを搭載して、とんでもない加速力と航続距離を持つモデルSを登場させる。「電気自動車は高い」という印象を覆すために高い動力性能を保ったまま3万5000ドル(約350万円:1ドル=100.74円で換算)からという「モデル3」を発表する。

テスラが今年3月に予約を開始した新型「モデル3」 テスラが今年3月に予約を開始した新型「モデル3」

 顧客が望むことを優先的に叶えると言えば聞こえが良いが、そこには開発の障害となるさまざまな背反をばっさりと切り落とし、今顧客が望んでいることのみに選択と集中して叶える姿勢がある。

 他の自動車メーカーからしてみれば、「そんなやり方で良いなら誰も苦労はしない」と言いたくなる割り切りだ。ビジネスとしてテスラが傑出しているのはこの割り切りだ。技術的理想論はともかく、今顧客が注目していることにリソースを集中投下する。

スタンドプレーの名手

 モデルSはその加速力と航続距離を確保するために重量と価格を気にせずに大量のバッテリーを搭載した結果、その車両重量が2.2トンを越えた。イーロン・マスクCEOの言葉によれば、テスラの企業価値は「持続可能な輸送手段へのシフト」である。内燃機関をモーターに置き換えることによって、走行中に限って言えばCO2(二酸化炭素)排出量は確かにゼロになる。

 しかし、その馬鹿げた質量増加は物理法則が及ぶ限りエネルギー効率向上の邪魔になる。が、そこは気にしない。走行中のCO2負荷は見なし上ゼロなので、どんなにエネルギー効率が悪くても構わない。ゼロは何倍にしてもゼロだからだ。

 ただし、リアルワールドでは電気エネルギーはもちろんゼロ負荷ではない。本気で「持続可能」を考えるとすれば、エネルギーの調達源、つまりインフラ電力の発電負荷を考えなくてはならないはずなのだ。それにはどんな方法で発電されたかをチェックしないとCO2負荷が判定できない。そこを真面目に議論しようとすると急に話が面倒になって、簡単に白黒が判別できないのだ。条件分岐によるケースバイケースと是々非々という難易度の高い考察が必要になってしまうのだ。顧客の注目分野で拍手喝采(かっさい)を浴びるスタンドプレーを演じるのにそんな難易度の高い話はダメだ。大衆はついて来られない。

 既存の自動車メーカーのエンジニアはそういう点を真面目に解決しようとして、できるだけバッテリー重量をセーブしながら、顧客の利便性を確保しようと研鑽(けんさん)を重ねているのだ。言い換えれば、エンジニアの良心とビジネスのバランスを取りながら、動力性能と航続距離、車両重量のパラメーターをどう適正配分するかの悩みである。

 それを「価格と車両重量にはしわ寄せしてOK」ということにすれば、ソリューションをひねり出すのは簡単なことだ。テスラがやっていることは、技術的にはどこの自動車メーカーでも簡単にできる。現実にできないのは企業としての使命感や倫理観が邪魔するからだ。

       1|2|3|4 次のページへ

Copyright© 2017 ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

注目のテーマ

マーケット解説

- PR -