自制なきオンデマンドとテスラの事故池田直渡「週刊モータージャーナル」(4/4 ページ)

» 2016年07月11日 08時00分 公開
[池田直渡ITmedia]
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乱暴な混同を避けるために

 そして、看過できないことがもう1つある。こうした誤解を未必の故意とも言える状況で拡散しておきながら、いざ事故が起きた途端、「オートパイロットは自動運転ではなく、責任はドライバーにある」とメーカー責任の全否定声明を出したことだ。それを今言うならば、なぜメディアがテスラの自動運転を持ち上げているときに異論を差し挟まなかったのか。

テスラのイーロン・マスクCEO。彼は今何を思うか(出典:Wikipedia) テスラのイーロン・マスクCEO。彼は今何を思うか(出典:Wikipedia

 今回の事故で自動運転を巡る状況は一変する可能性が出てきた。今まで「夢の自動運転がやってきた」と言う論調で読者におもねりたかったメディアは、今度は一気に掌を返して「自動運転はやはり危険だ」という論調に変わる。ほんのわずかな接触事故も鬼の首を取ったように伝えられるだろう。炎上のスタンバイはできたのだ。国交省はこういう批判を一番嫌う。当然審査や基準のアップデートにはブレーキがかかるだろう。

 それでも、本当の自動運転に向けた努力は営々と行われている。レベル2と3の間にはクルマというハードウェアだけではどうしても越えられない壁がある。社会システムそのものの大きな改革が必要だ。既に現段階では技術的な問題よりも政治的、法律的な問題の方がはるかに大きい。そこを乗り越えるためには自動車メーカー自身がリスクを取ることが必要だ。

 ボルボの研究開発担当上級副社長・ピーター・メルテンスは2015年11月19日のリリースで、「ボルボは自動運転車とその責任について明言した最初の自動車メーカーの1つです。自動運転モードでの走行の際には、自動車メーカーが車両の動作に全責任を負うべきと強く考えています。もし、自動車メーカーが責任を回避すれば、自動運転技術が信頼されないのは明白です」と、驚くべき発言をしている。

 これが自動車メーカーのスタンダードになれば、ドライバーが運転の責任を負うレベル2までの運転支援システムと、メーカーが運転の責任を負うレベル3以降の自動運転システムにはもっとはっきりした線引きがされるはずだ。自動車事故によって人命が損なわれることは残念ながら多分ゼロにはできない。できないが減らすことは可能だ。そのための最も有力な選択肢の1つが自動運転であることを再度熟考する必要がある。

 行儀の悪い宣伝で、自動運転のイメージを毀損(きそん)したテスラの事故で、より人が死なない未来を拒むようなことがあってはならない。

筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)

 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。

 現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。

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