「ヌーハラ報道」に、目くじらを立てる理由スピン経済の歩き方(4/5 ページ)

» 2016年11月29日 07時29分 公開
[窪田順生ITmedia]

排斥ムードの直前に広まった「風説」

 なぜこの時期、福岡の若者たちの間で外国人に対する「憎悪」が強まったのだろうか。マスコミは、『アメリカで起きた留学生射殺事件や貿易摩擦をめぐる日本たたきなどへの反感と同時に、増え続ける外国人を一種の侵略者とみる誤った考えが背景にあるのでは』(同上)なんて専門家に分析をさせたが、個人的にはこの排斥ムードの直前に広まった「風説」が無関係ではない、と思っている。

 覚えている方も多いと思うが、実はこの当時、まだHIVに対する認識が広まっておらず、講演のために訪日した外国人感染者がホテルの宿泊を拒否されるなど、いわれのない「差別」を受けていた。外国人、特に日本人女性と交流のある外国人の方たちはこの「不治の病」をまきちらす犯人だとされたのだ。

 それは、九州も同じだった。福岡で外国人の方たちが襲撃されていたまさにその時、福岡の地元紙『西日本新聞』に登場したとある高校の生活主導担当教師が「ようやく騒ぎが収まったばかり」という興味深い「デマ」の話をしている。

 『うちの女子生徒が外国人にエイズをうつされて死んだと言うんです。一昨年の十一月ごろ、初めて耳にしました。生徒の間ではそれより早く広まっているみたいでした』(西日本新聞 1993年5月27日)

 この「うわさ」の真相はこうだ。学校の近くに、外国人の方が仕事の合間に休憩をする公園があり、複数の生徒が英語を習う目的もあって、その外国人らとあいさつや会話をしていた。やがてその中のひとりの女子生徒が亡くなった。死因は心臓病だったが、「いつの間にかエイズで死んだということになった」という。

 事実無根の「デマ」は、「病院の院長が話していた」「看護婦から直接聞いた」といういかにもそれらしい尾ひれがついてあっという間に拡散した。

 『「お前の学校にエイズがおったろう。お前もうつっとるんじゃないか」と言われる者がいた。もっとひどい暴言を吐かれ、下校時に他校生に取り囲まれる生徒もあった』(同上)ほか、PTAからの問い合わせも殺到。しまいには、全校集会と保護者会が開催されるまでの騒動となった。

 外国人に英会話を習っていた女子高生がHIVに感染した。こういう「風説」を愛国心のある若者たちが真に受けてしまったとしたら――。外国人を見るや、「日本から出ていけ!」という暴言を吐く者や、義憤にかられて暴力を振るってしまう者も現れてしまうかもしれない、というのは容易に想像できよう。

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