学校の授業でも必ず習う「学問のすゝめ」のなかで、福沢諭吉は人間が生きていくうえでもっとも害となるのは「怨望(えんぼう)」とした。これは、他人と比べて自分を不満に思い、自分を高めずに他人を引きずり下ろそうという陰湿な心でここから猜疑や恐怖、卑劣が生じるとした。要は、「嫉妬」である。
そして、この「怨望」の分かりやすい例として、「大名の御殿女中」をあげた。ドラマや映画になった『大奥』を思い浮かべていただければ分かるが、「御殿」のなかで殿様にかわいがられた女中というのは、周囲からすさまじい「いじめ」に合う。私よりブスのくせになんであの女が。どうせ汚い手をつかって取り入ったのに決まっている。剛力さんが女性たちからボロカスに言われるのとまったく同じ構造だ。
そして、注目すべきは福沢諭吉がこのような日本人の「怨望カルチャー」を以下のように総括していることだ。
「試みに英亜諸国の有様と我日本の有様とを比較して、その人間の交際において孰かよく彼の御殿の如きを脱したるやと問う者あらば、余輩は今の日本を目して全く御殿に異ならずというには非ざれども、その境界を去るの遠近を論ずれば、日本はなおこれに近く、英亜諸国はこれを去ること遠しと言わざるを得ず」(岩波文庫 P120)
なんのこっちゃという人のために要約すると、日本人はよその国と比べて嫉妬深いと言っているのだ。
幕末の知識人は、圧倒的な国力の差がある欧米列強に対して、どうすれば日本が飲み込まれないかを必死で思想をめぐらせた。その切迫感は現代の知識人とは比べものにならない。そのなかでも「国際派」として知られてた福沢諭吉が、「日本人」をこのように分析していた事実は重い。
「そんなの福沢諭吉の妄想だろ! 日本人ほど他人に優してく、寛容な心をもつ民族は世界を見渡してもそういないぞ!」という怒りの反論が聞こえてきそうだが、残念ながらそういうセルフイメージは戦争に負けた後、マスコミを中心にしてせっせっとつくりあげてきたもので、「古き良き日本人」の実像とかけ離れている。
例えば、ほとんどの日本人は自分たちのことを気が長いと思っている。列もきちんで真面目に並ぶし、満員電車も文句を言わずに乗る。中国や韓国の人たちのほうが短気で、なにかあればすぐにキレる――なんてイメージを抱いていることだろう。だが、ほんの70年前は、「気が長い」「温厚」は中国人の代名詞だった。では、我々はどう思われていたか。
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