「世界最長鉄道トンネル」も開通 憲法でトラック制限するスイスに学ぶ:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(2/7 ページ)
私は時々「我が国は物流に関して信念を持ち、思い切った施策を実施すべきだ」と主張している。今回は、国土環境を守るという信念の下で、憲法でトラック輸送増加を禁じたスイスを参考に「信念」や「思い切った施策」について考える。
スイスは憲法でトラック輸送を制限した
スイスはトラックの排気ガスによる環境破壊を防ぐため、1992年に大型トラックの通行禁止を決めた。そして、トラック輸送を鉄道に代替するため、アルプ・トランジット鉄道計画を策定する。この計画の1つがゴッタルド基底トンネルだ。
2年後の1994年に、スイスで画期的な法案が国民投票で可決された。「スイスを通過するだけの他国間トラック輸送について、アルプス越えを鉄道に限定する」という強硬な内容であった。NGO団体「Alpen-Initiative(アルプスの環境を通過貨物トラックから守るイニシアティブ)」の起案だ。国民が提案し、国民投票で可決した。
スイスはヨーロッパ南北を結ぶ主要ルートにある。フランス〜イタリア、ドイツ〜イタリア、オーストリア〜イタリアを結ぶトラックはスイスに利益をもたらさず、排気ガスだけを残してアルプスを通過する。この法案は「スイスを通過するだけの荷物は鉄道貨車に積み替えるか、トラックごと鉄道貨車に乗せなさい」というもの。ただ、代替手段はある。トラックは自走せず、貨車に乗れ、だ。既にスイスではトラックごと貨車に乗せるピギーバック方式が広まっている。
スイスは直接民主制を採用しているけれども、国民からの議案が国民投票で可決される例は珍しい。スイス議会の慣例では、国民起案があっても、たいていは議会が示した対案が可決される。また、議会からの提案は7割強が国民投票で可決される。つまり、議会と国民の判断はおおむね一致しているという。議会制民主主義と直接民主制のバランスが取れている。
ところが、Alpen-Initiativeは、議会では第3党の社会民主党と第5党の緑の党しか賛成しなかったにもかかわらず、国民は支持した。投票率は41%。賛成票は52%だった。(関連リンク)。
そして、Alpen-Initiative法案はスイス連邦の憲法に記載された。
第84条 アルプス通過交通
1 連邦は、アルプス地域を通過交通の負の影響から保護する。連邦は、通過交通による負担を、人、動物、植物及びそれらの生息空間に有害でない限度に制限する。
2 スイスを通過するアルプス越えの貨物輸送は、鉄道によって行われる。連邦参事会は、必要な措置を講ずる。例外は、必要不可欠な場合にのみ許される。その詳細は、法律で定めなければならない。
3 アルプス地域の通過道路の収容力を引き上げることはできない。町村の通過交通の負担を軽減するための迂回路は、この制限の例外とする。
スイスの憲法は、基幹部分だけは滅多に修正されない。しかし、重要法案の基礎的な部分を規定した条文について、年に1度程度の憲法改正があるという。直接民主制で国民の信任を得られるからだろう。憲法の考え方が日本とは違う。そして、スイスでは憲法を順守するとはいえ、上記のように例外も規定されるため、必ずしも完璧には実行されないようだ。
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