ガンダムの月面企業、アナハイム・エレクトロニクスの境地:元日銀マン・鈴木卓実の「ガンダム経済学」(2/5 ページ)
ガンダムの世界の中では、月も大きな存在感を発揮する。連載「ガンダム経済学」第2回目は、月面都市「フォン・ブラウン」と、その地における最大企業、アナハイム・エレクトロニクスの経済活動に焦点を当てたい。
フォン・ブラウンは現代の深センか
月面の環境は過酷である。月面には大気がない。これは息ができないということだけではない。大気がないので、宇宙線や太陽風による人体あるいは精密機器への影響を人工的に防がなければならない。
また、隕石が燃え尽きることもなく降り注ぐ。地球ではお役御免の人工衛星でも大気圏に落下させて燃やせるが、月面では摩擦熱が起こる大気がない。月の引力に引かれて落ちる隕石もあるし、どんな小さな石でも地表まで速度を落とさずに落下する。
加えて、外部に大気がない密閉都市では、外窓や外壁1枚の損傷が深刻な事態をもたらすのだ。
月面都市で大規模な工場を作るのはリスクが高いため、アナハイムは月面工場の設立当初から、補助金や保険といった形で地球連邦との“関係”があったと想像できる。発着場利用料等の減免や資源の優先割当など、さまざまな形での支援があり得る。現実の世界でも、大規模な設備投資を必要とする製造業が海外進出する際には、ひもつきODA(政府開発援助)や現地政府の有形無形の支援が欠かせないこともある。
宇宙進出初期には経済的な支援以外の精神的な支えも必要だった。アームストロング船長が記念すべき第一歩を記した進取の気鋭を感じさせる土地で、地球が見えるという安心感をもたらす「静かの海」にフォン・ブラウンが建設された理由の1つだろう。月は常に同じ面を地球に向けている。静かの海が1960年代の技術でも離着陸できる場所だったことも、月面都市の建設場所選定に有利に働いたのかもしれない。
宇宙生活が当たり前になってしまうと、静かの海がもたらす精神的な価値は些細なものになるかもしれない。だが、一度、月面都市が建設され、産業が集積し、ブランドが確立すると、他により都市建設に相応しい場所があったとしても、最初に成功した都市が優越的な地位を占め続けることが多い。経済学では「経路依存性」と呼ばれる現象で、産業集積による企業同士の結び付き(ネットワーク)や、過去にその土地で行った建設投資等のサンクコストに影響されるため、都市立地は固定化されやすい。
月の一大拠点・工業都市という側面を重視するのであれば、ルナチタニウム等の月資源の採掘場所に近いことや、大規模な発着施設を作りやすい土地が適していただろう。確率を考えれば、静かの海がベストである可能性は低い。しかし、初期時点の有利さで静かの海に建設されたフォン・ブラウンは月の中心になった。アナハイムの隆盛も都市の発展に寄与しただろう。
フォン・ブラウンのような人工的に建造された巨大都市は現代にも存在する。有名な都市では、中国の深センがある。1970年代までは人口3万人の漁村だったが、1980年に経済特区に指定されると、工業都市として急成長し、IT産業も集積するようになった。毎年数十万人というレベルで都市が拡大し、2017年の人口は1250万人を超えた。経済合理的な移住を中国政府が支援している未来都市だ。
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