エレガントさが漂う時代の名機-コデラ的-Slow-Life-

» 2008年10月03日 16時30分 公開
[小寺信良,ITmedia]

 ハーフカメラも集め始めたら奥が深い。珍品が多く楽しい世界なのだが、自分の中ではこの「Univex Mercury II」と「Robot Star」が揃ったら「ハーフカメラはアガリ」だと思っている。それぐらい憧れのカメラだった。

 Mercuryは、日本でも活躍したカメラである。かつて銀座では、「街頭写真屋」という商売があったそうだ。銀座見物に来た人を撮って、記念として写真を売る商売である。その人たちが常用していたのが、Mercuryであった。ハーフサイズでフィルム代が安いことと、進駐軍からの払い下げが結構あったのだろう。


photo シリアルナンバーが打たれたレンズ。35mm/F2.7

 購入したMercury IIは、ジャンクではなく完動品だった。もちろん高いものはいくらでもあるわけだが、委託販売で1万4千円という破格の値段だった。ファインダを覗くと、かすかにミシンオイルの匂いがする。

 レンズはTRICOR 35mm/F2.7だが、35mm換算で50mmぐらいである。最短で1.6フィート、約45センチまで寄れる。後年のハーフカメラがせいぜい80センチ止まりだったことを考えると、いかに破格のスペックかということが分かる。当然パララックスが大きくなるわけだが、ファインダには最短撮影時のセンターを示すトゲトゲが生えている。


photo ファインダにはパララックス補正用のセンターマーカー

 このレンズは、交換できる。同じ35mm/F2のHexarのほか、75mm、125mmといったラインアップもあったようだ。ファインダ上部のアクセサリーシューは、専用ビューファインダを付けるためのものだろう。手持ちのWATAMETERの距離計を付けてみようとしたが、リワインドノブと扇形の出っ張りのせいで全然付かなかった。


photo 現在でも十分通用するシャッターボタン

 シャッターボタンは、時代を先取りしたような形だ。レリーズ穴が横にしつらえてあるあたりも、スマートである。今一度確認しておくが、これの基本設計は戦前である。そう考えると、破格にモダンなカメラであることが分かる。

完全目測の世界

 距離は目測だが、8フィートのところにマーカーがある。スナップならこの辺に合わせなさい、ということだろう。この時代のカメラは、なるべく絞って被写界深度を稼ぎ、ピントに幅を持たせる撮り方が一般的であった。扇形の部分の裏表には、被写界深度の表が記されている。それによれば、8フィートの時にF16まで絞れば、3.5フィート(約1メートル)から無限遠までフォーカスが合うようだ。

 シャッタースピードは、1/20、1/30、1/40、1/60、1/100、1/200、1/300と来て、次がいきなり1/1000となる。原理的にはロータリーの口の開け方次第なので、どんなシャッタースピードでも設定できるはずだが、おそらく1/1000は特殊撮影という位置づけだったのだろう。


photo シャッタースピードは押し込んで回す
photo このつまみを回してシャッターチャージとフィルム巻き上げを行なう

 フィルムカウンターの脇にあるつまみをぐりぐりと回して、シャッターチャージする。チャージとフィルム巻き上げは完全に連動しており、二重露光の心配はない。フィルムカウンターはメモリが細かいが、正確だ。

 シャッターを押すと、「シャーコン」と円盤が回転して止まる手応えが感じられる。この「シャー」と「コン」の間のどこかで、シャッターが通過しているはずである。このロータリーシャッターは、のちにハーフカメラ唯一の一眼レフ「OLYMPUS PenF」に引き継がれたが、フルサイズのカメラには採用されなかった。おそらく受光面積が広いため、このサイズの扇形シャッターでは露光ムラができるからだろう。

 当然露出もマニュアルだが、背面には露出の早見表ダイヤルが付いている。台紙と2枚のリングを合わせるスタイルだ。使い方の資料がないのであくまでも推測だが、台紙の右下部分と真ん中のリングでまずISO感度を合わせ、一番上のリングと台紙の上半分で撮影シーンを選ぶ。すると円盤左下に、シャッタースピードと絞りの組み合わせが表示されるという仕組みのようだ。

photo 3層からなる露出早見表

 撮影シーンは、夏冬別、さらに時間帯別ごとに選ぶ。シーンにはSky、Landscape、Street Scene、Open Shade、Close Upといった表記が見られる。また専用の露出計らしい数値の組み合わせも表記されている。NDフィルタによるオフセットも組み合わせができるなど、かなり高度だ。今のフィルムならラティチュードが広いので、多少露出がいい加減でも写らなくはないが、昔の感度の低いフィルムでこれを頼りに撮影するのは、さぞ大変だったろう。

小寺 信良

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映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。最新著作はITmedia +D LifeStyleでのコラムをまとめた「メディア進化社会」(洋泉社 amazonで購入)。


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